今回は、じつに分かりやすい、教育的な内容でした。
ようするにリボンがお母さんで、ヒメルダがその娘で、みたいな、比喩的な内容でした。

まずは、好き嫌いする娘を母親がたしなめる、すると娘は逆ギレしてトンズラという、まあ、よくある話ですね(ぇ
逐電したはよかったが、それで空腹がみたされるわけもなく、とほうにくれるヒメルダ。
だがしかし、天はヒメルダを見捨てなかった。
ヒメルダはゆうゆうと邂逅。
そこでいつものようにアメチャンをねだるも、ふだんは用意周到なゆうゆうなのにこのときばかりはなんとアメチャンの持ち合わせがなかったという悲劇、ヒメルダ意気消沈。
さしものゆうゆうもジョギングのときはさすがにアメチャンもってなかったのでした。
これを機に、ゆうゆうはジョギング中にもアメチャンをせがまれても大丈夫なようにと、ジョギング前にはかならずジャージのポケットにアメを1個しのばせておくことに、することにしたかどうかは知らないが。
とにかく、ゆうゆうは空腹のヒメルダを拉致して、自宅へ連行、お弁当をあてがう。
そうして満腹のヒメルダでしたが、そのあと、食べたんだから働けと、弁当屋での強制労働がまっていた。
教訓。世の中にタダ飯はない。

ここでヒメルダは、自分はいつも食べる側だったが、いざ自分が作る側にまわってはじめて料理のなんたるかを知ることになる。
いつもは出されたモノを文句言いながら食べるだけだったヒメルダ。
ジャガイモの皮むきをしただけなのに、ゆうゆうの説教もあってか、料理する人の愛情、苦労、などなどを理解できた。
そうですね。これは、そう。お母さんは自分の娘さんに積極的に料理の手伝いをさせましょう、というメッセージだったのかと。
さすれば娘は母の料理にこめられた愛を自然と理解できるようになりますとな。