ありすの思い出話をとおして、ありすの過去が語られる。
過去から現在へと時間を追っていくごとに、ありすの成長がわかった。
過去のありすと現在のありすとを比較することでありすの成長がわかった。
また、ところどころでありすパパがありすの成長を実感することでも視聴者はありすの成長をより理解できたのかも。
と、そんな感じに、うまいぐあいにありすの成長が描かれていたような気がするんだ今回。
というわけでして、お泊まり会も、ありすパパの登場も、ありすの成長を描くためのお膳立てでしかなかったということでした。
うーん、うまいぐあいにだまされましたな。
お泊まり会っていうから、なんかチョットいろいろドキドキなこと期待しちゃいましたけど、ぜんぜんそんなことはなくて。
さらには年頃の娘さんたちのお泊まり会ということで、中年のオッサンとしてはその様子に興味があるのが普通ということで、よせばいいのに、ありすたち女の子たちのおしゃべりに容喙してきたり、セクハラまがいのちょっかいだしてきたりと、そんな残念ありすパパが描かれるのかと思いきや、ぜんぜんそんなことはなくて。
ついには娘にかまってほしいさみしがりやさんのありすパパなのに、思春期の娘には邪険にされ、あまつさえ「お父様なんて大嫌い!あっちいってて!!」などと暴言を吐かれ、突き放されて、いよいよショボーンとなってしまったあげくに、ありすパパはジコチューになってしまうのかと思いきや、ぜんぜんそんなことはなくて。
地味に、いい話にまとまってたような気がする。
それにしても、いま現在、父と娘はたがいに信頼しあっているというか、だからこそ四葉財閥はうまくいってるのかな。
父は娘を信じてるし、娘は父を尊敬している。
それはベタベタした関係ではなくて、なんかすごくオトナの関係だった。
でもそれはわりと最近のことで、かつては、相田さんたちと出会うまでは、そうではなかったということがありすの思い出話のなかで語られるのでした。

幼少のみぎり、虚弱体質だった四葉ありす嬢。
ありすパパはそんなありすを心配し外出禁止を厳命していた。
だがしかし、虚弱体質だからといってそれを理由にずっと外の世界と断絶していたら、いつまでたっても虚弱体質のままだということをセバスチャンは懸念していた。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
危険をさけてばかりでは、なにも得られないだろうと。
そういう理由でセバスチャンは、ありす嬢が相田さんたちとこっそり出かけていくのを黙認していたようだ。
とはいえセバスチャンは人知れず木の陰からありす嬢を見守っていた。
なにか危険があればすぐさま飛び出せるようにと。
万が一、お嬢様になにかあれば、おのれの身を賭してでも、との堅い決意とともに。
・・・・・
あるとき、ありすは熱を出して寝込んでしまう。
その日は雨にうたれたせいであろう。
ありすパパは激怒し、セバスチャンを叱責する。
ことの顛末をすべて知ったありすパパは、ありすを悪い友達から引き離すために、ありすを海外へ移住させようと画策する。
相田さんたちと離れるのを嫌がるありすは必死に逃げまわるのだが、すぐにころんでしまうような子供だったありすが走りまわる姿にありすパパは驚き感激するのであった。
それと今までは父親には絶対に正面切って逆らわなかったありすが、相田さんたちのことを決して悪友ではなく有為な人物であると説き、ゆえに日本に残って相田さんたちとの親交を深めたいと主張したことに、ありすパパは娘の成長を実感してよろこんだ。
セバスチャンの進言もあり、どうやら自分がまちがっていたということに気づいたありすパパ。
これからもありすのことをたのむ、と、ありすパパは相田さんたちを認めるのでした。
それから今日にいたるまで、ありすは相田さんの薫陶を受け続け、いよいよもって父親の斜め上をいくようになり、つまりプリキュアになってしまっていて、さすがのありすパパもちょっと困惑したのかキュアロゼッタに無理をしないようによろしく言っといてくれと伝言をたのんで去っていくのであった。
娘の成長はうれしい。けれども心配でもある。それが親というものなのか。

世界中の人を笑顔にするのが、ありすの夢。
その夢に導いてくれたのが、ほかでもない、相田マナさん、その人なのでした。
相田さんが幼少の頃、なぜああまでしてありすを助けたかったのかといえば、ありすを笑顔にしたかったからで。
ありすの笑顔は私の笑顔、みんなの笑顔は私の笑顔、それが相田さんなのでした。
ありすは相田さんのようになりたいと願い、それからというもの相田さんから薫陶を受け続け、しだいに人格が陶冶されていったようです。