スマイルプリキュア! #33 映画村でドタバタ 感想

まともに感想の書きようがない、ほんとマジで。ただ映画村を宣伝したかっただけなのかな。なんか細かいギャグみたいなのはイッパイあったけどね。ただ今回のお話では教訓めいたモノは何も伝わってこなかった。というか、おそらく製作者サイドにそういう意図はなかったのでしょう。ええ、わかってますとも、プリキュアは修身の教科書ではないってコトぐらいはね。でもさ、もうちょっと、なんとかならんのかね。プリキュアシリーズがかくも支持され今日の今日まで続いてきたのは、ひとえにその物語性や世界観(たとえば、ただ仲良しというだけではなくて、ときには激しくぶつかりあったり傷つけあったりするのだけれども、それでもそれらを乗り越えて友情を深めていく、みたいな)だったと思うのですが、かいかぶりすぎでしょうか。ただコスチュームがカワイイからとか、そんな理由だけではシリーズものは続いていかないような気もします。スマイルプリキュア!では「メンドクサイけど大事」な部分が抜け落ちてるような感じがしないでもないです。ようするに表面的なのですよ、笑顔にしても、なんにしても。それでも不器用ながら1歩ずつ少しずつ成長していけるんだと主人公に語らせてるあたり、製作者サイドは終盤の展開と最終回にはそうとうの自信があるのでしょうね。もしホントにそうであるのならば非常に楽しみです。まあ、とにかく、いまのところは、物語をモチーフにしているはずのスマイルプリキュアがもっとも物語性を欠いているというのは、なんという皮肉でしょうか。教育的要素みたいなのを排除して、とにかくその場かぎりのオモシロおかしいを視聴者に消費してもらいたいのであれば、もっとこう、ギャグに気合いをいれて欲しいですね。たとえば、そう、ゾウさんが鼻から水を出してハイパーアカンベェにかける場面は、もっとこう下品にオシッコでいいじゃん。ポップがビデオカメラのハイパーアカンベェに向けて気合いの放尿をして水圧と電気回路ショートでダメにするという展開。せめてそのくらいのギャグをやって欲しかった。かつてウンチを「ココロのタネ」と呼んでいたように、ポップのオシッコも、そうだな、「妖精の聖水」とでもよんでおけば大丈夫だよ。あー、ツマンネー

いつまでも、みんないっしょでは、いられないハズ

星空さんは「みんないっしょがいい、みんないっしょの未来、それがウルトラハッピー」だと明確に宣言されました。それはそれで良いのですが。でも、ちょっと考えるとわかりますが、いつまでも「みんないっしょ」というのは幻想というか、メルヘンですよね。自分の身近な人たちから、1人の犠牲者も、1人の脱落者も出ないとか。そんな都合のイイことが起こりうるのでしょうか。はてさて。

ケガや病気、事故、そうでなくても人間には寿命があるわけですから。みんないつかは、いなくなる。最初に自分がいなくなるのかもしれないし、いちばん最後かもしれない。もし、いちばん最後だったら、最悪ですね。みんないなくなって、ひとりぼっち。かなしいですね。キラキラ輝いてるどころではありません。

星空さんにも、きっと試練がやってくるでしょう。その試練を乗り越えて、いまの自分の殻を打ち破ったとき、ひとまわりも、ふたまわりも、おおきく成長するのでしょう。そしてスマイルプリキュア!は、グランドフィナーレ。

具体的には、キャンディが犠牲になると思います。キャンディの心臓がミラクルジュエルで、バッドエンド王国との戦いで必要となる。ミラクルジュエルを取り出すために、泣く泣くキュアハッピーがキャンディを手に掛ける。そんな壮絶な展開になるのではないでしょうか。このあいだのバッドエンド王国との戦いでは、キャンディを助けだして、ひとりの犠牲者も出さないで、勝利しましたけれど。つぎにバッドエンド王国と戦うときも同じような展開では視聴者も飽きてしまいますからね。

わたしたちはナマケながら成長していきたい(キリッ

就職難、失業、大規模自然災害、環境汚染、隣国との関係悪化、などなど。いまの日本国内は暗い話題が多いです。日本国民は、夢の実現が困難になってるだけではなく、フツーの生活ですら維持できるのだろうかと不安なのです。大学を出ても就職できない、大企業にいてもリストラにあう、いつ大地震がやってくるのか分からないし対策のたてようがない、放射能が怖い、中国や韓国とゴタゴタしている、などなど。そんな過酷な現実をつきつけられたら、そりゃイヤになってきます。努力して良くしていこうという気も薄れていきます。がんばったってムダなような気がしてきます。ナマケ玉のなかに入りたくもなります。

スマイルプリキュア!という番組は世相を反映しています。主人公は修身の教科書に出てくるような完璧な人間ではありません。第32話であれだけ熱弁をふるわれた星空さんですが、けっしてナマケを否定していません。いや、むしろ積極的にナマケています。夏休みの宿題をやってなかったのが、まさにそれでした。とはいえ最後の1日でなんとかやりとげようと努力はしました。しかし宿題は終わりませんでした。でも最終的には、なんとかなりました。先生に怒られることと補習を受けることとで、夏休みの宿題の不履行は決済できました。ようするにチャラになったンですよ、夏休みの宿題は。懸案はいちおう解決されたのです。つまり星空さんたちは不器用ながらも1歩前に進めたのですよ。成長したのですよ、夏休みの宿題をやり残してもなんとかなるということを身をもって学習したのですから。TV放送では省略されてましたが、補習が終わったあとのあの4人はすがすがしい笑顔だったことでしょう。

スマイルプリキュア!は、いかにナマケて、それでいて成長していけるか、がテーマのような気がします。ふだんはユルユルの日常生活で、よく失敗もするのだけれども、それが成長の糧になっているという。なにげない日常のなかにこそ彼女らを成長に導く要素が転がっているのだ。だからスマイルプリキュア!は日常回が多いのでしょう。そしてこれからも日常回はつづいていくのです、きっと。

スマイルプリキュア! #32 夢はなくても、幸せはある 感想

現実逃避しているよりも、今を逃げずに少しずつでも前に向かって進んでいきたい。なにも行動しなければ絶対に失敗しない、それはそれで、うれしいのかもしれない。笑顔になれる。けれども、その笑顔は、なにか少し、だらしなく見える。なまけ玉のなかでは、そんな感じでした。そして、そんな笑顔は見たくない、それはいつものみんなの笑顔ではないから、とキュアハッピー。

挑戦したけどダメだった、努力が実らなかった、でも、そんなことでクヨクヨしてはいられない。前に進むとは、そういうことなのだから。チャレンジしてウマクいったら誰だってうれしい、そのときの笑顔は自信と誇りで輝いていることだろう。失敗しても、そのときはくやしくて悲しくて泣いたり落ち込んだりするかもしれないけれど、失敗のショックからたちなおり、気持ちの整理ができた後でなら、きっと笑顔になれる。未来を信じる笑顔に。

成功した時よりも、失敗した時のほうが、いろいろと学習できるものです。物事の本質が見えてくるものです。本当に大切なモノが見えてくる。自分が本当に求めているモノは何なのかが分かってくる。星空みゆきは、みんなといっしょの未来がウルトラハッピーなのだと。どんな未来が待っているのかは分からない、けれども大好きなみんなと一緒ならどんな未来がこようとも苦楽をともにできるとおもう、それは最高に幸せなのだと。そう思えるのも、おそらく、今日の今日までみんなと一緒に失敗も成功もたくさん積み重ねてきたからなのでしょう。

第1話で、毎日ハッピーを探している、と自己紹介した星空さん。そのときは、ハッピーとは、ばくぜんと「キラキラして、胸がワクワクして」と説明していたのですが、今回は、「みんな大好きだから、みんないっしょ、みんな一緒の未来を願う」と明確に宣言していました。星空さんが熱く語るハッピー感に共鳴し、思考停止におちいっていた他の4人がわれをとりもどした。知らず知らずのうちにプリキュアの5人は共通の幸福感を抱くようになっていたことを、それぞれがそれぞれの記憶をたぐり、認識した。もう迷わない。

なんとなくダラダラと緊張感に欠ける日々を送っている印象の、星空さんたちなのですが。でも、そこが少しずつということのなのでしょうかね。日常生活のささいなことでも、共有し協力しあっているうちに、自然と前に進んでいたと。そう考えると今までのユルユルな展開にも意味があるのかなと思ったりもしますね。どうなのでしょうか。

バッドエンドとは、怠惰、というよりは、グダグダ、のことなのではないか?

どのような物語がツマラナイかといえば、やはりグダグダな終わり方をする物語ではないでしょうか。たとえ主人公が死んでしまう物語であっても、それが納得のいく展開の末でのフィナーレであるのならば、それは感動的だといえるでしょう。フランダースの犬の最終回に涙した人は多いとおもいます。ようするにバッドエンドかハッピーエンドかの判断は、その物語の中の登場人物が死んだとかお金持ちになっただとか、そういう物語の中での出来事はいっさい無関係なのです。そうではなくて読者や視聴者の視点で判断されるものなのですよ、バッドエンドかハッピーエンドかってーのは、まったくもって。

マッチ売りの少女は死んだけど、それはそれでイイのです。むしろマッチ売りの少女が死にかけたときに、たまたま福祉事務所の人が通りがかって保護された、とか。そんな展開になってしまったら、もうね、読者は幻滅しますね。なんの感動もありません。ああ、生きてて良かったね、で、おわってしまいますから。こういうのがバッドエンドの一例なのかなと。では、なぜ、こういうバッドエンドが発生してしまうのでしょうか。一因として考えられるのは、作者が、日本図書館協会選定図書に指定してもらえないと本の売上げにひびきそうだなとか、あと、PTAを敵にまわしてもメリットがないことは重々承知なわけでして、ええと、そこで作者は信念を曲げて、ここはひとつ少女が死ぬという描写は避けたいな、とかツマラナイことを考えるからです、たぶん。

もちろん作者の技量不足で物語がグダグダに終わってしまうケースもあります。というか、むしろ、こっちのケースのほうが多いのかもしれませんがね。どうなんでしょうか、スマイルプリキュア!は、だいじょうぶなのでしょうか。正直いまのところはグダグダになってきてます。が、これも今はバッドエンド王国に攻められてるからということで、意図的にグダグダにしているとも考えられます。というか、そう願いたいですね。スマイルプリキュア!のお話の中では同時進行的に「スマイルプリキュア!の絵本」が制作されているという設定ですから、「スマイルプリキュア!の絵本」がハッピーエンドになるためにスマイルプリキュアさんたちは最終段階で度肝を抜くような活躍を見せてくれるはずです。

スマイルプリキュア!の今後の展開予想

ピエーロメーターは残りあと12、デコルは15。バッドエナジーは最短で第43話で満タン、デコルは毎回1個ずつなら最短で第46話でコンプリート。おそらくピエーロ様の復活のほうが早いのではないでしょうか。デコルが集まらないのにピエーロ様が復活したら、プリキュアはピンチです。なにか対策が必要です。

ミラクルジュエルが鍵になるでしょう。でも、どこにあるのでしょうか。じつはキャンディの心臓がミラクルジュエルで、そのパワーはキャンディがプリキュアたちとの友情を深めることでアップするのです、と、このごにおよんで女王様が教えてくれる。ところが、ミラクルジュエルを使うためにはキャンディの胸を切り裂いて取り出さないといけないのです。とうぜんキャンディは…。

デコルが16個集まってないので、ミラクルジュエルを使わないとメルヘンランドは滅びてしまう。けれどもミラクルジュエルを使うにはキャンディの命を犠牲にしなければなりません。プリキュアたちは悩む。さしせまった危機のためとはいえ、どうしたものか。女王様はキャンディの体内からミラクルジュエルをとりだせと命令する。いちおうキャンディがみまかったあとは2階級特進と爵位の授与、そして栄誉あるメルヘンランド大勲章で処遇されることになっているそうです。キャンディはキャンディで、はじめは死の恐怖を口にするものの、自身の決断が一族郎党の生活の安定にもつながるからと、そしてなによりも自分ひとりが犠牲になりさえすればみんなの命を救えるからと、さいごは覚悟をきめる。あとはプリキュアたちの判断を待つのみ。

プリキュアたちのなかで意見が割れる。ここは全体の利益を優先して心を鬼にしてミラクルジュエルをとりだせと直球勝負な主張をする者、いや大切な友達を犠牲にしてまで生き延びたいなんて思わないとアザトク泣き出す者、はたまた口ごもったままうつむいてそのあとはしんしんと降り積もる雪のように沈黙をきめこむ者、かとおもえばミラクルジュエルなんかなくても熱血パワーさえあれば負けへんでなどとほざく者、などなど。プリキュアたちがもめている間にもバッドエンド王国は攻撃の手を緩めない。もはや一刻の猶予もない。そこで最終決断はキュアハッピーに一任することで衆議一決した。

キュアハッピーは迷う。いちどはキャンディの胸の上に短刀を、しかしその瞬間、出会いから今日までの思い出が走馬灯のようにかけめぐった。手が震える、目には涙がいまにもこぼれそうになる。「で、できないよ、キャンディ…」、あとは言葉にならなかった。そのときキャンディが諭す、「みゆき、今日までありがとう、たのしかったクル。さいごのおねがいクル、よくねらって、一刺しで、やってほしいクル、、、痛いのは一瞬だけにして欲しいクル。」と悲しい笑顔で。

一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし

キャンディの悲壮な覚悟を感じとったキュアハッピーは、「キャンディはこんなに強いのに…、あたしも強くならなきゃダメじゃない」と心のなかで自分に言い聞かせた。すると右手の震えはピタリと止まり、短刀はキャンディの急所をシッカリとねらっていた。ふとキャンディの顔を見ると穏やかに両目をつぶり、すべてをキュアハッピーに任せているようだった。それを確認してからキュアハッピーは、軽くうなずき、すぐさま右手をふりかざし、ひと呼吸おいてから、裂帛の気合いとともにブスリと。

とりだしたミラクルジュエルは真紅に輝いていた。それはまるでキャンディの生命を表現しているかのようだった。でも泣いている暇はない。すばやくそれをロイヤルクロックにセットする。すると、どうだろう。ロイヤルクロックがバズーカ砲にフォームチェンジした。その名もロイヤルバズーカ。もう説明はいらないだろう。いっきにプリキュアアルティメットバーストをピエーロ様にぶちかます。すさまじい威力だ。電光石火の一撃がピエーロ様を、いや、ほかのバッドエンドの連中もすべて含めて、あとかたもなく消し去った。プリキュアの勝利だ。しかし、悲しみの涙が止まらないキュアハッピーでした。

おしまい。。。

スマイルプリキュア! #31 スマイルプリキュア!の世界観みたいなものが、よくわからなくなってきた今日このごろ 感想

お腹がすいたといっても、どうしてもそれを食べないと死んでしまうという状態ではなくて、せいぜい小腹が減った程度であるならば、クッキーを6等分して6人で食べても、とくに問題はないとはおもいます。しかし、どうでしょうか、6人が6人、ほんとうにお腹がすいてて死にそうな状態だったとして、だれか1人が残った食料を全部食べればその人だけは助かる、6人で等分したらみんな死ぬ、こういったケースならば、どちらを選択するのが正解でしょうか。6人みんな仲良く黄泉の国に旅立てるほうが幸せで、だれか1人だけ助かったらその人は一生ほかの5人に負い目を感じて生きていかなければならないから不幸だ、と、そういう判断もできます。あるいは全滅よりは誰か1人でも生き残ったほうが良い、生き残ったその人は他の5人のぶんまで一所懸命生きればよいだけの話だ、と判断する人もいるでしょう。どっちが正解か。どっちも正解。価値判断の違いだけなのだから。

なまけ玉のなかにずっと。それはバッドエンドともいえるしハッピーエンドともいえるでしょう。やはり価値観の違いなので、どちらが正解かなんて客観的に判断できるわけがありません。キャンディさんの場合は、眠りつづけて楽しい夢を見つづけるよりも目を覚ましてツライ現実にぶちあたりたいと、自堕落な世界よりも苦楽をともにできるトモダチのいる世界のほうを選択しました、そのほうがウルトラハッピーだからと。それはそれでイイとおもいます。それはキャンディさんがキャンディさんの自己責任でそう判断したのですから。けっして視聴者のみなさんにキャンディさんの価値観を押し付けようとするものではないはずです。というか、押し付けられたら、たまったものではありません。

正しい判断は正しい事実認識から

「これこれはこうである」という主張に対して「いや、そうではない」と返すのが反論です。主張にはその根拠が示されなければなりません。根拠のない主張は妄想です、あるいはせいぜい「予想」とよばれます。根拠とは、事実と論理から導きだされる理論のことです。ある理論を否定するには、事実認識をくつがえすか、論理のまちがいを指摘できればよいのです。事実を観察して帰納的に導きだした理論も、逆に事実を予想し事実に先行して構築された理論も、そのどちらの形式の理論もその正当性は未検証の事実を順次あてはめてみて、実際ウマクあてはまることを確認することで実証されます。もし、あてはまらない事実が認められた場合、その理論の正当性は失われることになります。

「犯人はプリキュア好き」、それはマスコミが警察などを取材した結果、おそらく事実だったのでしょう。その報道に対して世間がどう思おうがそれは自由です。春に桜の花が咲いてるのを見て「ああ、キレイだな」と思おうが「べつに、たいしたことないな」と思おうが、あるいは無関心であろうが、どう感じとろうが自由であるように。「犯人はプリキュア好き」という報道から「ああ、やっぱり、プリキュアのような番組を好む人は女児に対して性欲のある人なんだな」と感じる人がいても、それについて批判などできないのです。犯人がプリキュア好きだったという事実から、女児に対する性犯罪とプリキュアとのなんらかの関係性を妄想するのは勝手ですが、でも、なぜその妄想が真実かどうかを検証しようとする努力をしないのでしょうか。もし検証に必要なデータが十分に集まらないというのであれば、軽率な発言は慎むのが良識ある態度だとおもいます。無思慮で稚拙な発言をして、それを簡単に反論されて恥かいて社会的信用をなくすだけならまだいいのかもしれませんが、根拠のない悪口は、誹謗中傷は、ときとして名誉毀損として犯罪として取り締まられますし、損害賠償の対象にもなります。なんのメリットもないとおもうのですが、どうなのでしょうか。

なんでもっと、真実を、事実を、知りたいと思わないのでしょうか。自分勝手な思い込みを、自分勝手な理屈で、さも真実であるかのように表現して、満足しているのは頭がオカシイとしか思えません。数学の定理のようにすべてが演繹的に導きだされるということは現実社会の事象ではありえないはずなので、やはり現実に起きていることを現実のありのままの姿を事実を謙虚に正しく認識しようとする態度が、いたずらに付け焼刃的なロジックをふりまわすよりも、ずっと大事なのではないでしょうか。

第30話からよりハッキリと見えてきたスマイルプリキュア!の世界観

ロイヤルクロック。とうとつに登場しました。こういう展開はめずらしいです。フレッシュにしろ、ハートキャッチにしろ、スイートにしろ、かつてのプリキュアさんたちは、いわゆる「箱」を手に入れるために、それなりの努力をしました。フレッシュではクローバーボックスを手に入れるためスイーツ王国に行って、よくわからない敵と戦いました。ハートキャッチではハートキャッチミラージュのためにプリキュアパレスで試練を受けました。スイートではヒーリングチェストを、魔響の森での戦いと試練がありました。このように、欲しいモノ、必要なモノは、自分たちの手で、というのが、前シリーズまでの、「箱」ゲットのお約束でした。しかし今回、スマイルプリキュア!では、デコル16個集まったら、女王様が復活しないで、かわりに手品のように「箱」があらわれました。

スマイルプリキュア!ではプリキュアさんたちは基本的に自分たちのチカラや努力で何かを手に入れようとはしていない感じがします。フレッシュでやっていたような、戦闘能力アップのための特訓をやろうともしていないし。デコル集めにしても、たしかにアカンベェを倒すために努力というか悪戦苦闘するのですが、でもそれは敵さんが勝手にアカンベェを召喚して攻撃してくるからで、しかたなくやっつけてるわけです。しかたなくアカンベェを倒したら、そのオマケとしてデコルをゲット、みたいな感覚です。けっして、敵を挑発してアカンベェを召喚させて、それを倒して積極的にデコルをとりにいこうとはしていないのですよね。

スマイルプリキュアさんたちは、敵の基地を探そうとか、そういう動きをしたこともない。せっかく、ふしぎ図書館には、どこでもドア機能がついてるのだから、ダメもとで「敵さんの基地」をイメージして本棚をガチャっガチャっガチャってヤってみたらいいのに、やらない。世界旅行とか、遊びのためにはワープ機能を存分に活用しても、本来の目的のためには使おうとはしない、というか頭がまわらない。メルヘンランドの危機は認識しつつも、ひたすら時間を浪費し、いざピンチが訪れたら、その場しのぎ的に解決しようとする。とにかく受け身、受け身で、それでも最後はなんとかなってしまうという、これこそがスマイルプリキュア!の世界観なのだ。

スマイルプリキュア! #30 ぴちぴちボイスでライブスタート!と言いたいところでしたが人魚は真珠がないと音痴なのです、ハイ、残念でした。 感想

どうみても人魚デコルじゃなかったですよね。「あれはイルカだろイルカ。」と良識あるオトナならツッコミをいれるってもんだ。キャンディさんは人魚とイルカの区別もつかないってことなのでしょうか。いやいや、そんなことは…アルアル。とにかく、人魚ってのはな、もっとこう、岩の上にのっかって、カラダをしならせながらウッフーンってやってるのをいうんですよ。わかる?わかるでしょ、あんたらの人魚に対するイメージって、そんなもんでしょ?それに、ここはものすごく大事なところなんですが、人魚さんはノーブラか貝ブラ着用が標準装備のはず。なのに、やつらは、プリキュアさんたちは、いつもの上半身のまんまで、あんよだけドルフィンになってますた。どーなってんだ、責任者出てこい!とテレビの前で怒りにふるえていた人もいらっしゃるとは思いますがね。まあ、そこらへんが哀れ、イルカデコルで中途半端に「人魚」になった副作用だと解釈しておきましょう。というわけでアレは、人魚のようで人魚でない、それは何かとたずねたら、それはずばり「半イルカ」です。つまり、足だけイルカになったということです。ああ、なのに、せっかく半イルカになったというのに、ドルフィンキックのひとつでもおみまいしてやればいいものを、それもやらない。それもこれも連中は、プリキュアどもは、自分たちは人魚になったんだと最後まで勘違いしていて、ほんとうは半イルカになっていたことに気がつかなかったからなんだ。残念。

ホントもう、ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコンでいいものやらと。こまったもんだ。

どうやらスマイルプリキュアという物語はエンドレスな展開にできそうですね。そうです、デコルが16個集まるごとに、けっして女王様は復活しないで、「ちがうモノ」が出てくるという糞な展開に。そして毎度毎度出てくるその「ちがうモノ」こそが、何を隠そう、玩具メーカーさんの新商品でして、プリキュアのパワーアップアイテムになっている設定なのです。プリキュアが強くなれば敵さんも強くしてあげなければなりません、でないとお話が終わってしまいますからね。スーパーアカンベェが役に立たなくなれば、さらに強力なハイパーアカンベェを召喚してくるようですし。おそらくハイパーアカンベェさんがダメになれば、さらにさらに強力なナントカアカンベェさんが待ち構えているはずです。こうして味方も敵も、どんどん強くなっていきます。そうなると途中からワケワカンなくなってきます。デコル16個使ったアカンベェなんてのも登場してくるのでしょうから。そうなると毎回アカンベェを倒すごとにデコル16個が集まり、そして女王様は復活しないで、かわりに新たなパワーアップアイテムが。そうです、毎回毎回新商品が紹介されるのです。うわっ、保護者様のお顔、まっつぁお。ガクガクブルブル

もしスマイルプリキュアという物語に終焉を求めるのであれば、それはもう、双方の破滅エンドしかないでしょうね。メルヘンもバッドエンドも、どちらの欲望も強くなりすぎて収拾がつかなくなった状態を憂慮した神が、神の見えざる手で双方を破滅にみちびくのです。希望も絶望もない、無の世界に。神は、混沌から秩序をとりもどすべく、すべてを終わらせる。そんな感じかなと。


メルヘンとバッドエンドと封印ループ

メルヘンが理想や幻想で、バッドエンドが現実。そう考えると納得できる。浮世とは、現実とは、バッドエンドそのものなのです。どんなにがんばったところで人は寿命がくれば死ぬ。がんばってもムダです。人類だって地球だって滅亡する。数十億年後には地球は巨大化した太陽にのみこまれて消滅してしまうらしいのだ。ああ、現実はなんて厳しいのだろうか。なにも数十億年後の話ばかりではありません、いまの現実をみわたしてもバッドエンドだらけじゃないですか。世界ではあいかわらず飢餓で苦しんで死んでいく人がたくさんいると聞く。日本では深刻な原発事故が起きて放射能漏れ問題が未解決。もっと身近なところでは夏休みの宿題が終わらなくて新学期そうそう先生に怒られて涙目。などなど。ああ、現実はなんて厳しいのだろうか。というわけで、現実ばかりをみてると絶望します。死にたくなります。だからこそ人々は現実から目をそむけるのです。メルヘンを、希望を、求めるのです。

メルヘンとハッピーエンドは違います。ハッピーエンドはむしろバッドエンドにちかいのです。ハッピーとかバッドとかは主観的なものですから、終焉をむかえたときにハッピーだったかバッドだったかなんてのは、その人の感覚しだいですからね。ひるがえってメルヘンにはエンドが、終わりが、ないので、もしメルヘンが終わったと感じたら、それは終わったのではなくて、すべての意識が現実世界に戻っただけの話なのです。メルヘンをつづける気力がなくなる、つまり、希望をなくし、心の支えを失ったとき、ひとは厳しい現実を無防備のままに、まのあたりにし、究極に絶望するのです。そしてファントムになるのです。もし究極に絶望した状態に於いてですら、そこに希望の光を、メルヘンの光を、見いだせたのなら、そのときは、ハイ、もうおわかりですね、魔法使いになれるのですよ。

もし、あなたが、バッドエンドは悪なのだから全滅させなくてはならない、とか考えたとしたら、それは明らかに違うでしょう。バッドエンドはすべて現実の出来事そのものなのだから、バッドエンドを全滅させるということは、つまり、現実を、我々と我々の住む世界を全滅させるということになります。それって、どうなのでしょうか。まあ、それはそれでハッピーエンドだという解釈も成り立たないこともないのですがね。でも、そうするとメルヘンもなくなってしまいます。メルヘンとは、ひとが存在して、ひとが空想して、はじめて成立するものなのですから。ひとが、人類が、存在しないのであれば当然、メルヘンも存在しません。絶望もないかわりに希望もなにもない、ということです。

いちおう人類の存在を前提に話をすすめたいので、だってそうでないとここで論じていることも無意味になってしまいますから。そんなわけで、バッドエンド王国は全滅しません、というか全滅させてはダメなのです。バッドエンドは、あくまで存在させといて、そのうえでメルヘンのちからでそれを押さえつけておく。それが正解なんじゃないでしょうか。

で、まえおきが長くなりましたが、そのながれでいくと、スマイルプリキュア!という物語も、和解エンドでもなく全滅エンドでもなくなってくるような気がしますね。具体的には、皇帝ピエーロ様が復活するたびに封印を繰り返すという、一言でいえば封印ループでしょうか。バッドエナジーが集まり、封印がとかれるたびに、また封印しなおすという。終わらない戦い。スマイルプリキュア!。

スマイルプリキュア! #29 夏休みは終わらない、わけがない 感想

おもしろかったです。セリフがすごく良かった印象でしたが。とにかくギャグ回ですから、ああ楽しかった楽しかったと、もうそう感じてもらえればじゅうぶんなのですよスマイルプリキュアは。もう、あきらめた。ホント、なんだかもう、おとぎばなしも、バッドエナジー回収も、関係なくなっちまってたけどね。でも、ビューティーさんの「遊びも勉強のウチですから。宿題やってなかったのはまずかったけど、いまからやればいいじゃん、ウンタラカンタラ」みたいな成田節なんかもシッカリはいってて。成田先生はギャグ回でも、ちゃんとお説教を入れてくれるので、教育的で良いですな。明日から学校なのに宿題終わってないで朝からテレビみてる子供たちも涙目になりながらうなずいていたことでしょうに。でも、どんなにがんばっても1日では夏休みの宿題は終わらないという厳しい現実もつきつけられるという怖いオチ。成田先生、すばらしいです。子供たち失禁してますよ、たぶん。

それにしたって夏休みの宿題って、終わらないのがフツーですよね。算数とかなら親切なお友達に写させてもらえるので、まだイイのですが。やっかいなのは自由研究です。まあ、お友達の自由研究を写させてもらって「共同研究でした(キリッ」と言い張るコトも不可能ではないのでしょうけどね。でも、それって、さすがにお友達さんが嫌がりそうですし。まあ、無理でしょう。こまった、こまった。だいたい自由研究って、なにをやればイイのでしょうかね。自由だからといって、好きなことを自由に研究してきました、ハイ、「女子のカラダの研究」です、とかヤったら、さすがに先生は怒るんじゃないのかな。いや、怒らないかもしれませんがね、理解のある男性教諭なら。とはいえ、やはり、あまりいい顔されないのは確かでしょう。いやー、こまった、こまった。

スマイルプリキュア! #28 黄昏乙女×アカンベェ 感想

わーい、デコルがいっぺんに4個もダァァァッーー(ワロタ
次回も4個ゲットしたら、ハイ、そうですね、女王様復活ですネ(ヤッター
というわけで、次回の次回が最終回で、悪の肯定ピエーロ様に復活する暇も与えず、バッドエンド王国は全滅なのですヨ(ウルトラハッピー

ネーヨw
打ち切りかよ?!(笑)
東堂いづみ先生の次回作にご期待くださいカヨ!(苦笑)

と、冗談はさておき、なんか、また、デコルは集まったけど、そのチカラはべつのことに使っちゃって、女王様復活にはもっかい最初からデコル集めてくださーい、みたいな展開になるのかもしれない(ガックシ

それにしても今回のおはなしは、いったい何を伝えたかったのでしょうかね?
まったく分かりませんでした。
まあ、いちおう、オバケよりも夏休みの宿題が真っ白なほうが100倍怖い、というオチだったみたいですけど。
緑川さんのオバケ嫌いはなおらなかったようですし。
星空さんの、妖怪は怖くないけれどもオバケは怖い、というのが、よくわからなかったし。
妖怪もオバケもUMAという点では同じだと思うのだが、どうなのだろうか?

とにかく感想の書きようがないです、今回は。典型的な糞回。せめて萌え要素でもあれば、それはそれでヨシとしたのだろうけれども。それもナシでしたからねぇ〜

以上。

次回は、なんか楽しそうな感じですね。地味に期待しちゃいます。
おそらくゲームの世界からぬけだすためには敵を全滅させなければダメで、つまりこのゲームは自発的にログアウトできない仕様になってるんだとおもう。

スマイルプリキュア! #27 おばあちゃんの宝物 感想

おばあちゃんの宝物とは、慣れ親しんだ山の環境そのもののことですね。その山に住む、妖怪というか怪異というか、そういったものまでもを含めて。なにかこう、人間だけが特別な存在なのではなくて、そうではなくて、人間も動物も妖怪も山の中ではみんな同等なんだよと、おばあちゃんは認識している。おばあちゃんは山に長く住んでいるのでしょうけれど、でも、この山のことをすべて知りつくしているとか、そういったおもいあがった気持ちはなくて、いつも謙虚に、山をうやまい、感謝し、畏怖しているのでしょうね。まだまだ知らない山の住人がいても不思議ではないとすら感じているようです。だからこそ突然ウルフルンさんが現れても、驚かないどころか、もてなしてあげようとすら思ったのでしょうね。

どうやら星空さんは、両親から祖母を説得するよう、たのまれていたようです、いっしょに都会で暮らそうと。ご両親は何度も説得を試みたのでしょうけれどダメだったのでしょうね。そこで星空さんに白羽の矢が立った。孫の言うことなら、おばあちゃんも聞いてくれるのではないかと。おそらくそんなかんじなのかな。でも、おばあちゃんはこの山の自然に溶け込んでいる、おばあちゃんもこの山の自然の一部なのだ。なので、おばあちゃんをムリヤリに山から都会へと連れて行っても、うまくいくはずもないのだろう。おばあちゃんはわかっている、自分は自分だけで生きているのではなくて、この山の自然環境のなかで、もらったり与えたりして、そうやって自分は生かされているし、また山を守ってもいるのだと。だから、この山でしか暮らせない。たとえ困難があっても、この山となら乗り越えられる気がするし、たとえダメだったとしても、それはそれでそれも運命だったのだと受け入れたい。そんな、おばあちゃんの願いのようなものが感じとれた。いい話だった。とにかく、この山とともに運命をともにしたいという、おばあちゃんの真摯な態度からは、なにか人間的な大きさを感じたね。というわけで、交通が不便だとか、ちかくに大きな病院がないだとか、そんな都会人のちんけなモノサシでおばあちゃんの思惟をはかろうとしても無意味なのです。

スマイルプリキュア! #26 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない、さてキャンディは成仏できるのでしょうか?! 感想

なおちゃんのお父さんのトップレス、なかなかステキでしたね(オエー

けっきょく、なんですかね、今回は、夏祭りの楽しい雰囲気を伝えたかったと。それだけのエピソードだったんスかね?
いつもの5人とキャンディさんが、金魚すくいやら、わなげやら、そういう夜店の定番をエンジョイしていたら、ひとりで夏祭りに来ていて、ひとりで勝手にムカついてたマジョリーナさんに邪魔されて、みたいな展開。
ってゆーか、マジョリーナさんは基本的にまちがっていましたね。
だいたい、お一人様の夏祭りなんて、楽しいわけないじゃないですか。
ひとりでネズミーランドとか行って、楽しいか?
やっぱ夏祭りは、家族か、恋人か、友人(男女混合)か、そういう人たちと一緒に行かないとね。
マジョリーナさんも、ウルフルンさんとアカオーニさんを誘って、3人で夏祭りに行けば、楽しめたはずなのに。
ひとりで夏祭りに参加とか、残念な気分になるのは当然だと思うよ。
もし、友達いないなら、家で引きこもってるのがイチバンだよ。
むやみに出かけて、残念な気持ちになるのって、損だとおもうから。
そう、家で、パソコンで、インターネットにつないでろよ!

それにしても、なんですかね、最後の花火は?
あんまり、というか、ぜんぜんストーリーには関係なかったような…???
さいご、無理ヤリに、キレイにまとめようとして、その道具として花火が利用されただけ、そんな印象でした。
あーあ、やっちまったなぁ〜
もっとこう、マジョリーナさんが花火職人を絶望させて、花火を邪魔しようと画策していた、とか。
そういう流れの展開で、それを阻止するべくプリキュアさんたちが頑張って、最後の最後にキレイな花火がみんなで見られてウルトラハッピーでしたー、みたいにしないと。
どうにも、こうにも、わけのわからん、そんなお話でしたね。

スマイルプリキュア! #25 侵略!アカオーニ 感想

いや〜、夏ですね〜、暑いですね〜
というわけで、子供たちは夏休みなのです。
しかーし、夏休みをのんびり過ごせるのはサラリーマン家庭のお子さんたちだけです。
自営業や農家のお子さんは、そう、家業を手伝わされてテンテコマイなのです。
農家ですと、この炎天下でひたすら農作業に従事。
若いんだから熱中症なんかにならないだろ、とか、なんとかで、無理をさせられます。たとえ暑さにまいって、ぶッ倒れたところで、バケツの水を一杯ぶっかけられて放置です。あとは勝手に目を覚ませと。うむ。
とにかく口答えなんざ、できませんから。とにかく手伝えと。家業なんだからと。それでオマンマ食べてるんだからと。
働くって、生きていくって、タイヘン。子供ながらにして、そう思うのですよ。
でも、つらいことばかりではありません。
そうです、親だって鬼ではありませんから、がんばってお手伝いしてくれたら、ちゃーんと、ご褒美が用意されてますから。
ご褒美、それは、村に年に1度やってくるサーカスにつれてってもらうことです。
子供たちはそれを楽しみに、それを心の支えに、それを励みに、つらい炎天下の農作業をこなすのでした。めでたし、めでたし。

はなしがすっかり脱線してしまいましたが、なにがいいたかったのかといいますと。
ようするに、夏休みは、お手伝い、なのだと。
サラリーマン家庭の星空さんは、時間をもてあましていましたけれども。
お好み焼き屋さんの娘である日野さんは、海の家で家業の手伝いをしてました。
この違い、わかりますか?
そうです、サラリーマンは毎月お給料がもらえますが、自営業者はさいあく赤字のときもありますから。
なので自営業者は稼げる時はとことん稼ぐという気構えなのです。
とうぜん家族がかりだされます。家族の人件費はタダですからね。これをつかわないテはありませんから。
しかも学校が休みとなれば、子供に断る理由なんてありません。
そういうわけで、日野さんは、海の家で、お好み焼きをせっせと焼いて、じゃんじゃん売っているのです。

しかし、まあ、なんだね。日野さんはエライよ。
商売好きみたいだね日野さん。
こういう娘を嫁にすると、なかなか良いですね。
やっぱね、自営業というのは、お嫁さんが働き者でしっかりしてるかでキマるんだとおもうから。
いい、じつに、いいよ、日野さん。嫁にしたい。

あと、やっぱ露出の多い水着で、お好み焼きを焼いてると、売上げ伸びるとおもうけどな。
そこらへんにまで頭がまわらない日野さんは、まだまだだね。
もうけるためには何でもやる、水着にでもなんにでもなる、そのくらいの心意気が欲しかった。
お好み焼き10枚まとめて買ってくれたら、ポロリのサービスとか。それくらいやればよかったのにね。いいじゃん、減るもんじゃあるまいし。

スマイルプリキュア! #24 新展開!とおもいきや、デコル集めもう1周ですか?(笑) 感想

いや、もう、あらたなピエーロ・カウンターが登場したときは笑ったヨ。

新ピエーロカウンターは、たしか18でしたっけかね。というわけで、今回を含めてあと18回目にピエーロ様復活という段取りなのね。つまり41話で、ピエーロ様の真の姿が…とみせかけて、じつはそれもまだ仮の姿で…またあらたなピエーロカウンターが登場して、みたいな展開になったら爆笑だね、ホントに。

いや〜、なんか、ミラクルジュエルをみつけだしてそれを奪い合う、そんな新展開にもっていってる感じですがね。うむ、いや、やってることは前回までとあんまりかわらないというところがミソでして。敵さんはバッドエナジー集めを、プリキュアさんはデコル集めを、と。かわらない、かわらない。ただ1点、マンネリ化をふせぐための調味料として、ミラクルジュエルをどこらへんで登場させるかにかかってるだな、これが。

まあ、ぶっちゃけ今回は、メルヘンランドの紹介と、新展開のプロローグと、その2点をやりたかったわけだ。ハイ。

で、次回は、海です。とうぜん水着はナシですね。ええ、わかってますとも。プリキュアだもの。

スマイルプリキュア! #23 いい最終回だった(爆笑) 感想

いや〜、なにからツッコンでよいのやら。
怒涛の展開でしたね。
もうね、最後のあたりは笑いが止まりませんでした。
まさか、こんな、ハッピーエンドになろうとは。

それにしてもホントあっさり負けちゃったね、皇帝ピエーロ様。
総統メビウス様みたいな自己紹介が、なかなか素敵でしたけど。
えっと、なんでしたっけ、そう、バッドエナジー砲?でしたっけ?
もう、ホント、見せ場はそれだけでした、皇帝ピエーロ様。なんかラスボスというよりもゲストキャラ扱いでしたよね。
うむ、それにしても通常の攻撃とか全然なくて、いきなり必殺技を撃ってくるんだもん。びっくりしたよ。どう考えても、はしょりすぎだろ。
もうちょっと、なんとかならなかったのかな?尺が足りなかった、とか?
まあ、いいけどね。
バッドエナジー砲をくらったプリキュアさんたち、もはや敗北か?と思いきや。
いえいえ、ここからがウルトラハッピーエンドへの怒涛の超展開ですから。
ええ、みなさんネタバレでご存知の、そう、プリンセスフォームとやらにパワーアップ。
なんか、あの新玩具が、チャッカマンみたいになってるところが、うん、ウケタ。
オモチャ買ってもらえないコは、チャッカマンで代用して遊べるね、うん。
いや、ダメです。お部屋で、いたずらにチャッカマンをカチカチやったりなんかしたら。
火事になったらタイヘンですからね。うむ、こまったもんだ。
ええーっと、はなしがチョットそれてしまいましたが、そうですね、弱かったですね、悪の皇帝ピエーロ様。
その、ラスボスにふさわしくない弱者ぶりに、泣いた。
一瞬、えっ?もう終わり?と思いましたが。ほんとにヤラレチャッタみたいですね、皇帝ピエーロ様。
やられたと見せかけて、じつはやられてなかった、みたいな展開になるのかとおもいきや。
ほんとうに終わり。
まあ、すべてをバッドエンドに、がスローガンでしたからね。バッドエンド王国。
自身すらもバッドエンドにしたのは筋が通っている、といえないこともないのですが。
どうしたことでしょうかコレは。
まあ、とにかく、さいごは、めでたくキャンディさんを救出し、ついでに悪の皇帝ピエーロ様も倒し、もうしぶんのないハッピーエンドでした。
さいごの場面、プリキュアたちがキャンディさんを囲んで、みんな笑顔で終了。うむ、キレイにまとまってたよ。ほんまに。

なんだかな〜

CMで美翔さんの声が聞けてよかった。それが今日のMVPだった!かも?

スマイルプリキュア! #22 ハッピーシャワーを2発撃つのって、アリ? 感想

Bパート。自分たちの今後について5人のプリキュアさんたちがそれぞれにそれぞれ内省する展開になるのだけれども、めぐりめぐって最終的には同じ結論にたどり着いて、つまりキャンディさんを助けにいこうと、最後はしごく自然なながれの中で衆議一決した。

どうなんでしょうかね。メルヘンランドを助けても助けなくても我々の住む世界にはさほど影響がないのでしょうかね。だとしたらメンドウにはかかわらないで、メルヘンランドのことはメルヘンランドの連中にまかせて、星空さんたちはとっとと自分たちの世界に帰るのが賢明な判断ではないのでしょうか。もうキャンディさんのことは忘れましょうよ。そうです、キャンディさんなんてのは、はじめっからいなかったのです。夢か幻だったのです。はい。そういうワケですから、私たちには私たちの生活がありますから、と、そうわりきってメルヘンランドを去ればよいのですよ。それってチョット冷たいんじゃないの、と思われるかもしれませんがね。それはお互い様なのですから気にしなくて、だいじょうぶ。なにもそうまでしてメルヘンランドに力を貸してやる義理もないのですから。

しかし、プリキュアさんたちはキャンディさんを助けることにした。彼女らは中学生、まだ擦れてませんね。気持ちが純粋なのです。べつにメルヘンランドのために戦おうとか、そういうことではなくて。あくまでキャンディさん救出が目的で。それはキャンディさんが5人のプリキュアさんたちと深く関わってしまったからでして。いつのまにかプリキュアさんたちはキャンディさんに情が移ってしまっていて。キャンディさんは自分たちの友達だから助けるんだ、と。そう意気込むプリキュアさんたち。若いってスバラシイ。

それにしても、キャンディさんは拉致されたけれども、まだ危害をくわえられるかどうかも分かっていないですよね。無限のメモリーとして利用されちゃうとか、そういった、さしせまった状況ならば、急いで助けにいかなければ、と思ったりするのは理解できるのですが。いかんせん、そんな感じではなかったですからね。そこらへんが緊迫感がイマイチな原因なのかな。

仮説「メルヘンランド女王と皇帝ピエーロは同一人物か?」

もしかすると皇帝ピエーロはメルヘンランド女王の負の感情が具現化した存在なのかなと。

きっとメルヘンランド女王にもバッドエンドな思惟があったのだよ。それなのに、よもやメルヘンランド女王に悪しき心があろうとは、だれも思わなかったという。でも、よく考えてみてください。だれもキレイゴトだけでは生きていかれないのですよ。悲しいかな世の中ってモンは汚れている。女王様とて例外ではない。清濁あわせ飲んでこその世の中ですからね。だいたいキレイゴトばかりを吹聴している人って、ウソくさいですよ。それなのに世間はメルヘンランド女王にだけは絶対的な清潔感やら幸福感やらを求めてしまい。いや、でも、これはしかたのないことなのです。そうです、世間の連中は世間が薄汚れていることを認識している、だからこそどこかに絶対的なキレイを求めたくもなるのです。現実逃避ですね。メルヘンランド女王もメルヘンランド女王で世間の自身に対する期待をじゅうぶん承知していたから、世間様の幻想にこたえようこたえようとやっきになって、とにかくキレイゴトをと、ホントの自分の気持ちを殺して、ウソをウソでかためるみたいなかんじにね。とにかくハッピー、ハッピー、ハッピーエンド。なんでもかんでも物語はすべてハッピーエンドにするのじゃぁ〜、うぉぉぉ〜、とな。ええ、もう、こういう状態になると、当然そこには無理が生じてしまいますよね。無理が生じると病気になるのは必定。心の病。精神の崩壊。哀れメルヘンランド女王は、たてまえの自分と本音の自分とに分離してしまったのだよ。おー、怖い。

えっと、よくおぼえてないンだけど、たしかメルヘンランド女王は皇帝ピエーロを封印すると同時にチカラつきたンでしたよね?うむ、まあ、微妙に違う気もしないではないのだが、それを検証するのもメンドクサイので、とりあえず、そういう設定にしておこうや。でね、なんで相討ちになったのかといいますと、頭の回転の速い方はもうおわかりですね、皇帝ピエーロはメルヘンランド女王にとってはもうひとりの自分ですからね、自分ともうひとりの自分、正と負は二極一対ですから負を消し去れば正も消滅してしまうという、これもまた必定。つまりは、負の感情を殺してしまえば、もう問題は解決、よかったヨカッタ、というわけにはいかないのです。悪いとおもわれるモノを排除さえすれば、なにごともウマクいくはずだなんて思考は、浅はかなのですよ。心の問題とは、人間の感情とは、そんなに単純で簡単なモノではないのですよ。

では、どうしたらよいのか?ハイ、頭の回転が良い方はもうおわかりだとはおもいますが、そうです、受け入れるのです、皇帝ピエーロを、倒すのではなくて。バッドエンドを忌み嫌って排除するのではなくて、バッドエンドもまた物語の終焉のカタチのひとつなのだと。それもまた人生なのだと。受容する。だいたいハッピーもバッドも主観的な要素が多いじゃないですか。絶対的なハッピーも絶対的なバッドも、この世には存在しない。ハッピーもバッドも気のもちようひとつで、どうにでもなるンだ、と。そう達観できるようになれるかが問われている、メルヘンランド女王。

そうはいっても、やはりこれはどうみてもバッドエンドじゃねーか、というのも、あるにはあるとはおもいます。しかし、それでもバッドエンドを否定してはいけないのだとおもいます。だって「本当の幸せ」とは、人生や社会の痛みや悲しみや苦しみを知っている人だけが感じ取れるのだと、そう思うからです。

スマイルプリキュア! #21 デコルと短冊とキャンディの願い 感想

こんかいのお話は、ようするに、いちどはキュアデコル16個全部集まったのに最後の最後でジョーカーさんにデコルデコールごと全部かすめとられた、とおもいきや、ふしぎ図書館の笹に1個だけ飾ってたので、じつは全部は持ってかれてなかったのよキュアデコル、というオチのようです。ハイ。この1個だけ奪われなかったというのが次回への伏線になってるのかどうか、興味はありますがね。どうなんでしょうかね。私の予想としては、星デコルと短冊に書いたキャンディの願いが共鳴して、超展開的に奇跡が起こるのではないのかと。

それにしても、なんだね、キュアデコルがあろうとなかろうと、プリキュアの戦闘能力にはほとんど無関係という点が、キュアデコルをほとんど全部持ってかれちゃった現況においても、なんともイマイチ緊張感に欠ける原因なんだよな。これが、そう、オーズのメダルとかフォーゼのスイッチだとか、それらがないとおもいっきり戦闘能力に影響するモノだったら、ああ困ったタイヘンだー、みたいな感覚になるのだろうけれど。いかんせん、そういう気分にはならなかったね、残念。ホント、女王様を復活させるという目的以外にはまともな使い道がないな、キュアデコル。

バッドエンドさんたちにとってもキュアデコルなんて赤鼻アカンベェの原料ぐらいにしか活用できないシロモノのようなので、べつに全部そろえる必要性もないのだ。キュアデコルを奪う意味は、そう、メルヘンランド女王の復活を阻止するという目的のためだけですからね。キュアデコルというのはメルヘンランド側が所有してこそ意味がある。つまりバッドエンドさんたちは嫌がらせでキュアデコルを奪ったと、それだけのことでした。

さて、また1からデコルを集めなおすのもカッタルイ。そうです、また赤鼻のアカンベェをコツコツ倒していかないといけないのですよ、15回ほど。ええ、番組的には15話ほど尺が稼げるのでうれしいでしょうがね。視聴者的にはウンザリだ。そうやってお話をループさせるのは、やめてほしいのよ。うむ、だが、もし、そういうナガレでいくのであれば、次回は敵さんの本拠地にのりこんで、敵さんがしこしこ集めたバッドエナジーをプリキュアさんたちが全部放出させるという展開にならないといけませんね。バッドエナジーがじゅうぶんに集まっちゃって皇帝ピエーロ様が復活したあかつきには、もうバッドエンドさんたちは赤鼻アカンベェを登場させてくれないとおもいますから。ハイ。

スマイルプリキュア! #20 透明人間あらわるあらわる 感想

透明人間になっちゃうお話というのは、どうしてオモシロイのだろうか。ふしぎ、ふしぎ。それにしても女のコが透明人間になっても、あまりイイことないような気がするんだけれど、どうなんでしょうか。男のコなら、そう、いろいろとエッチなこととか悪いことを考えるのではないでしょうかね。

視聴前は、敵を倒すまで星空さんと日野さんが透明のままでいる、つまり透明人間のままプリキュアに変身するというナガレになるのかなと予想していました。が、そうではなくて、敵さんのほうがずっと透明だった、というのは意外でした。というか、そもそもマジョリーナさんとアカンベェが透明になってプリキュアと戦う展開になるというのは想像もしてなかったですね。もっとこう、ありきたりに、敵をたおさなければ元の姿に戻れないから必死に戦う、悪戦苦闘の末に勝利する、元に戻れたああヨカッタよかった、みたいな感じで終わるのかなと思ってましたので。でも考えてみれば、自分が敵から見えなくなれば戦いは有利になる、それはそうかもしれないですよね。透明にこそなりませんが実際にステルス戦闘機なんてのもありますし。見えない敵と戦うのは、今回のプリキュアさんたちの苦戦ぶりをみれば、じつに困難であることは容易に理解できますもの。なるほど、なるほど。

あと、マジョリーナさんが星空さんと日野さんを透明から元の状態に戻してあげるのも、べつに親切心からではなくて、透明人間は透明人間が見えてしまうという設定があったからで。うん、じつに自然なナガレのなかで元に戻してあげられたのはウマカッタなと。

今回のお話は、わりと無理なくウマクまとまっていたような気がします。透明になっても、すがたかたちはあるということで、雪をつもらせて透明アカンベェの居場所を確認したのも、ごく自然なアイデアだったように思えますし。カメラに写ったモノが人間以外でも透明になってしまうという設定なのも、アカンベェを透明にする都合があったからでしょうし。ああ、でも、もし人間だけしか透明にならなかったとしたら、星空さんと日野さん、制服が空中を浮いて見えてるのは怪しいという理由で、通学途中の道路のまんなかで全裸になってたとおもうのですがね。どうなんでしょうかね。もちろん透明ですからお話の中では問題ないのでしょうけれども。でも視聴者は半透明で全裸の星空さんと日野さんをおがめたであろうに。残念。

スマイルプリキュア! #19 名前の秘密 感想

なんかウソくさいな、黄瀬父の話。なんか、ものすごく強引というか、こじつけというか、あとづけな、そんな名前の由来でした。だいたい春をイメージするなら、もっとこう「春子」とか「春美」とかで良かったンじゃねーか?

やっぱ、そう、「やよい」って名前は黄瀬父の初恋の女の人の名前、というのが自然な感じがするね。だからこそ娘以外には「やよい」という名前の由来を教えなかった、というのが本当のトコロなんだろう。だってそうでしょ、「やよい」という名前が初恋の人の名だなんて、ぜったいに黄瀬母には言えないだろうし、言ったところで妻には「ちょ…なにそれ?!、、、ふざけないでよッ!」と返されるのがオチだろうし。うむ。黄瀬祖父と黄瀬祖母の意見を完全に無視したのも、そう、じぶんの娘に「やよい」と名付けるコトでいろいろとメリットがありますからね。ええ、それはですね、たとえば黄瀬父が寝言で「やよいー、やよいー、ゴニョゴニョゴニョ…」とか夢の中で思い出の初恋のオンナと、あんなことや、こんなことや、そんなことまでやってても、黄瀬母は自分の夫は夢の中で娘と遊んでいるのだなと思ってくれるだろうし。それと黄瀬父が「やよい、大好きだよー」とか大声を出しても、周囲の人たちは自分の娘への愛を叫んでいるのだと勘違いしてくれるだろうし。うん。いつまでも青春時代に好きだった女の人のことをひきずって生きる、それがオトコってヤツなんです。いや、偏見かもしれませんがね。でも、なかにはいるってことです、むかし好きだった女の人の思い出を大切にしているオトコというのは。それが、だれあろう、黄瀬父その人なのだ。

あと、なんで、とうの黄瀬やよいさんは父親から教えてもらった自分の名前の由来を忘れてしまっていたのかというと。それは黄瀬父に「この話は、みんなにはナイショだよ。しゃべったらオバケがでるよ。」と脅かされていたからです。うっかり自分の名前の由来を他者に漏らしたらオバケがでる。オバケがでたら夜オシッコに行かれない。そう考えただけで恐怖なので、余計なことは忘れよう忘れようとしているうちに、ほんとうに忘れてしまった黄瀬やよい当時5歳。しかも黄瀬父は黄泉の国に旅立ってしまった。これでもう「やよい」の名前の由来を知るものは、この世に誰もいなくなったと。それが本当のところなんじゃないのかなーと。そう思わずにはいられない、今日このごろ。

以上だ。

第18話でアカオーニさんは登場しなくてよかったンじゃねーか

なんかね、もう、アカオーニさんがワケワカラなくてね。うん。

走りに自信がなくてリレー本番直前にテンパッてた黄瀬さんを察してか、緑川さんはメンバー全員を集めて「いまはこのバトンをつなぐことだけを考えよう、5人のチカラをあわせて最後まで走り抜こう」と呼びかける。このような、リレー競技で気持ちをひとつにしてがんばりましょう、という展開の場面の中で、なんのみゃくらくもなくアカオーニさんがあらわれて、とうとつに「なーにがチカラをあわせるだオニー、そんなの必要ないオニー」とか、ほざかれても困るよね。さらには「チカラなんかあわせなくてもオレ様はひとりでじゅうぶん強いオニー」とか。えっ?なに言ってんのアンタ?あたま大丈夫?って思いませんでしたか。あのー、いまはリレー競技の話をしてるんですよ。だから、ひとりがいいから、あしでまといはいらないから、とか主張されても困るのよね。だれかが「あしでまといはいらないからリレーは1人でやらせてください」と提案したところで学校側に却下されるのは目に見えてるじゃないか。リレーは複数人でやるものなのだから。

緑川さんは勝敗にこだわっていたハズ

緑川さんは勝敗に、こだわっていた。だってコケてゴールしたあと、くやし涙ながしていたじゃないですか。もし本当に勝敗にこだわっていなかったのであれば、ビリでゴールしたところで、サバサバとした表情で「まあ、しょうがなかったね、テヘッ」で終わっていたでしょうし。もともとリレーの選手を引き受けたのもクラスの連中の負け犬根性に憤慨したからでしょ。1組と4組のリレーの選手が全員陸上部だろうとなんだろうと関係ない。緑川なおは、走るのは好きだけど競争とかは苦手らしいのだが、でも負け犬根性はもっと苦手みたい。そして、やるからには絶対に勝ちたいと思うのが普通の感覚。けれどもリレーの選手のひとりに鈍足の黄瀬さんを選んだ。なぜか。

黄瀬さんは、足の遅い自分が選手ではみんなに迷惑だろうからと、リレーの選手を辞退したいと緑川さんに告げる。けれども緑川さんは「勝ち負けなんて気にしなくていいよ。一生懸命やってみよう。」と返す。辞退を受け入れてもらえない黄瀬さんは困惑気味に「どうして、私なの?」と緑川さんに食い下がる。その質問に緑川さんは一瞬とまどった表情をしたが「黄瀬さんの遅れを私がカバーして他のクラスの陸上部の連中をゴボウヌキして優勝できたらドラマチックでしょ。あたしがヒロインになるんだから!」なんて本当の気持ちは伝えられない。本心をそのまま口にするのは穏やかではないので、とりあえず「ごめんね、あたしのワガママにまきこんじゃって。あたし、みんなと走りたいンだ。この5人で、いっしょに。」と苦笑して、その場をとりつくろうのがせいいっぱいな緑川さんがよかった。

競争はキライだけど、出来レースは好き。ヒロインになるのも大好き。それが緑川さんなのかなと。そんな印象を受けました。

スマイルプリキュア! #18 みんなの絆でバトンをつなぐ 感想

なんかね、クラスの連中が「黄瀬、足オセーよな、つかえねー、女子リレーだめっぽ〜」みたいにカゲグチたたいていたのに、ほんばんでは応援してくれたのがヨカッタですね。ほんとうはいい人たちなんだ、ただ極度のツンデレってだけでさ。黄瀬さんの、とにかくせいいっぱい走って、緑川さんにバトンをつなごうという想いとクラスのみなさんの応援に触発され、緑川さんは、黄瀬さんの遅れをとりもどすべくいつも以上の駿足で、リレーのアンカーとして100メートルを9秒台の速さでかけぬけるも、さいごのさいごに少しばかり足がもつれてしまい、あえなく転倒してしまった。ああ、あの場面、転倒するとみせかけて、なんとか踏ん張って1位でゴールするのかと思いましたが。さにあらず、さにあらず。勝負には負けた。

うーむ、なぜだかイマイチな感じがしたのは、なぜだろう。わからん、わからん。優勝できなかったけれどもクラスの連中が興奮していたのは、おそらく、黄瀬さんが足の遅いは遅いなりに一所懸命だったのと、さいごコケたけれども緑川さんが途中ゴボウヌキを見せてくれたのと、その2点に感動したからなのだろうことは容易に察しがつくのだがな。でも私は感動しなかった、できなかった。おそらくそれは黄瀬さん、緑川さん、そのどちらにも感情移入できなかったからなのだろう。では、なぜ感情移入できなかったのかと問われると、答えに窮してしまうのだが。とにかく、みんなは感動していた、私は感動できなかった。ゴプリキュアの連中は、みんな泣いていた。みんなの涙が、その場を盛り上げていて、その光景が不自然に当事者たちだけの盛り上がりを維持したまま、視聴者の私ひとりだけがおいてけぼりにされていた。名状しがたい不快な余韻をひきずったまま今回のお話は終了したんだ。なんだろうこのモヤモヤ感は。

スマイルプリキュア! #17 お笑い 感想

こんかいのおはなしは、なぜ自分はお笑いが好きなのか、というソボクな疑問にぶち当たったキュアサニーこと日野あかねの成長物語です。たぶん。

日野あかねはお笑いが好き。いままでは好きだから好き、みたいなかんじで、なんで自分がお笑い好きなのかなんて考えたこともなかった日野あかね。きっと、好きという気持ちに理由なんてあるわけがない、と思っていたであろう日野あかね、だから、ふと「なんでお笑いが好きなの?」とあらたまって問われたとき即答できなかった。これは前回の青木れいかがなぜ勉強するのかという疑問にぶち当たって悩んでしまったのと状況が似てなくもない。青木れいかは、勉強は義務だから、と、勉強する意味なんて考えたこともなかった。けれどもコツコツ勉強していくうちにいろいろなことがわかるようになって、そう、勉強は自分を自分の知らない世界へといざなってくれるものなのだと最終的に気がついたのが前回のおはなしでした。ひるがえって今回の日野あかねは、お笑いにはチカラがある、お笑いにはみんなを楽しい気分にさせるチカラがあるから、と自分がお笑い好きな理由に気がついたのでした。みんなが楽しくなれば自分も楽しい、だからみんなを楽しませてくれるお笑いが好きなのよ、私、日野あかね。といった感じのストーリーでした。わりと好印象なお話でした、今回は期待してなかったのにナ。

みんなを楽しい気分にさせたい、みんなの笑顔を守りたい。そのおもいは、お笑いを愛する気持ちだけではなく、なぜプリキュアとして戦うのかの答えにもなっていたようです。答えが出て、鬱屈していた気持ちが晴れたキュアサニーは全力で赤鼻アカンベェを攻撃し、撃退してしまう。

スマイルプリキュア! #16 おじいちゃんは総統メビウス様 感想

そうか、れいか様のおじいちゃんが総統メビウスだったのか。衝撃の事実。もうね、れいか様が切実に悩みを語ってくれているというのに、メビウス様の声が聞こえてくるだけで、なんでか笑いがこみあげてくるんだな。まったく。

あと、なんか先週に個人的に脳内視聴した内容とは違っていた。そんなの、あたりまえといえば、あたりまえなのですけど。でもね、れいか様が自発的に無気力になるというか、自分からもうヤダぜんぶやめちゃうという自暴自棄な展開になるのかと期待していたものだから、おじいさまのほうから「ぜんぶやめてみろ、見えなかったものが見えるようになるかもしれんぞ」とかメビウス様の声でアドバイスしてしまって、それをマにうけた孫娘れいか様が「おじいさま、御意にございます」みたいな展開になって、とりあえず全部やめてみることに、というのは意外だった。でも、れいか様は、考えることだけはやめなかった。

さてさて、考えあぐねた結果、れいか様が導き出した結論としては、いまは夢は見つからないけど、とにかく勉強はつづける、みたいな感じでした。なんのために勉強するのか、の問いに対する答えは、ズバリ、自分探しのため、です。じぶんの本当にやりたいことは何なのか、それがわかるために勉強するのだと。まあ、そんなかんじだったのでしょうね。もちろん勉強というのは、国語や数学や英語といった学校の教科のことだけではなくて、もっとたくさん、いろいろなことを含みます。たとえば他者と交流することも、ひとりで机にむかって考えているだけではわからないことを、じぶんが知らないことを自分とはちがう考えをもつ友人の話や行動をとおして学び、それを自分の成長へとつなげるためでしょうし。義務だからとか、将来やくにたつたたないの打算とかで勉強するのではなくて、そうではなくて、勉強をとおして成長していく自分自身がいつしかきっと自分の将来の夢を見させてくれるはずだからと、そう確信したからこそ、れいか様は勉強するのです。それに、れいか様は、いつどこでなにが役立つか分からないのが人生だということをわかっているようなので、好奇心をわすれずにイロイロと勉強したいようです。それが最後、星空さんたちに勉強することの意義を理解してもらうためのヒントをあたえる結果になったのでしょうね。

次回予告だけ見ての、第16話が放送前の、第16話を脳内視聴した感想

なんで勉強しないといけないの?、と口にするのは、たいがい勉強のできない子です。勉強のできない子は、勉強が苦手な子ですから、だれだって苦手なことはできればやりたくないから、苦手の苦痛に耐えてまで勉強しつづけなければならないその意味を問いかけたくもなるのです。そして、いつしか、あんまり難しいこと勉強しても、意味がないのではないだろうか、将来やくにたたないのではなかろうか、と自答するようになる。やくにたたないこと、やってもムダでしょ、と。まあ、そんな感じに。

いっぽうで、勉強のできる子が、なぜ勉強するのだろうか、と疑問におもって悩んでしまう場合は、できない子がする思考とはかなり違っているような気がします。ものごころついたころから、あたりまえのように勉強して、あたりまえのように勉強ができて、それがあたりまえすぎて、なんで勉強するのかなんて、そんな根源的な意味なんて考えたこともなく、また考えようともしなかったのに、ふとしたキッカケに、自分がこれまで勉強してきたことや、そしてこれからも勉強していくであろうことの、その意味について熟慮するようになってしまい、そしてその答えが容易には導き出せないことに気がつき、悩み苦しみ、その結果として無気力になってしまい、すべての事柄からのがれたくなり、それで自分がこれまでコツコツと積み上げてきたものをすべてやめたくなってしまった。それが青木れいかさんなのかなと。今日の今日まであたりまえに普通だとおもって生きてきたのにふと「なんのために私はいま、生きてるのだろうか?」と考えこむようになってしまったのも、なんのために勉強しないといけないのか、の疑問から始まって、なんのために生きていかねばならないのか、に行き着いてしまった感じで。自分の存在がなんなのかさえ分からなくなってしまった。自分には生きる資格が、そして生きてる価値があるのだろうかと、ついにはそんなことまで考えるようになってしまい、追いつめられる。だから、なにもする気がしなくなり、なにをやってもムダだとおもうようになり、ぜんぶやめたくなってしまったのだろう。生きる気力すらもなくして、人間すらもやめたくなったことでしょう。あたりまえですが「生きる」というのは楽しいことばかりでなく、つらいことも苦しいことも悲しいこともあります。子供から大人になるにつれ、楽しいことよりも苦しいことのほうが増えていくのが普通です。それなのに、ではどうして、そうまでして人は自分は生きていかなければならないのだろうか、と。大人への階段をのぼりはじめた思春期まっただなかの中学生、青木れいかが、ふと、そんな疑問につまずいたのも、ある意味、大人になるための試練でもあり、不思議なことではないとおもいます。

とはいえ、とにかく自分がこれからどうすればいいのか、それが分からなければ、まえにはすすめませんから。自分で答えが導けないのであれば、だれかが導いてあげなくてはなりません。次回予告を見るかぎりでは、どうやら、お祖父様とおぼしき人物が青木さんを導いていたように思えました。お祖父様は「道」と揮毫されていましたよね。そうです、なにごとも「道」なのです。勉強、弓道、生徒会、プリキュア、それらはすべて「道」であり、それぞれがそれぞれの「悟り」という終着点につうじているはずです。「悟り」への道のりは遠くて、青木さんはまだまだ旅の途中なのです。「道」の途中は平坦な場所ばかりではありません、山あり谷ありで、ときには本当にゴールまでたどりつけるのだろうかと不安になることもあるでしょう。けれどもそこであきらめてしまっては、なにごとも成就しませんからね。そのさきに何が待っているのか分からないけれど、とにかく自分を信じて、精進することが大切です。たとえゴールできなかったとしても、途中まででも、根気よく精進できたのであれば、それは決してムダではなくて、かならずチカラになっているはずですから。ほんとうにやりたいことが見つからずに迷ってる人は、自分のやりたいことを見つけてから前に進む、ではなくて、そうではなくて、あいまいだけど今の自分のままで、そんなありのままの自分を認めてあげて、そして、いま自分がやってること、やるべきことをがんばる、そうしていくうちに、ほんとうに自分のやりたいことが分かってくる、というのが、あるべき姿なのではないでしょうか。おそらく、お祖父様は、孫娘に、そういった趣旨のことを伝えたのでは、と思いました。

スマイルプリキュア! #15 販促の日、大作戦 感想

これは、これは、どうしたことか。感動的な母の日のエピソードが描かれるのかと期待していたのですが。母の日は販促のダシにつかわれて、くるデコビーズメーカーさんメイン回だったのでした。あーあ。おもうに、今回の放送をみたあと、お子さんが「ママにネックレスつくってあげたいからアレ買って!」みたいなことをほざきやがってね。お母様がお断りすると、くだんのお子さんがダダをコネはじめる。しかたなくオモチャ屋さんへレッツゴー、みたいな。いつのまにやら母の日が、今月2度目の子供の日になってしまうという。そんな、オモチャメーカーさん、してやったりの展開なのか?

まあ、それは、ともかく。なんとなく星空家の母と娘のやりとりに、ちょっと他人行儀な、よそよそしさを感じたのは、気のせいだろうか。星空母は、ずいぶんとおおらか、というか、自分の娘に期待していないというか、そんな感じなのかなと。修学旅行のお土産に、娘からスキンヘッドのお菊人形をもらっても、お菊人形だからそのうち毛が生えてくるから平気よね、とか言って、にこやかだったのかもしれない。なんだかとっても人格者な、お母様でした。

うーん、それにしても全体的なお話の展開は、どうだったんでしょうかね。お手伝いするにしても、プレゼントするにしても、なにはなくても、おもいやりの精神が大切なんだ、ということを伝えたかったのは理解できましたがね。それでも、なんとなく、お母様のほうは母の日を意識していなくて、娘のほうがひとりで勝手に空回りしていたような印象も受けたのですが、どうなんでしょうか。お母様の心理描写がほとんどなかったので、そんな印象を受けてしまったのかもしれないのですけど。

それにしても気をつけないといけないのは、娘は、ほんとうに母の助けになりたかったのか、あるいは、ただ母の日に母を助けている自分に酔いたいだけだったのか、という点だとおもいます。なんとなくだけど「親孝行」している自分に酔ってるだけという印象だった。こんかいの星空さんをみるかぎり、ふだんはぜんぜん家事をしていない印象でしたし。ふだんからお母さんのことを気にかけていたら、ふだんから自発的に家のお手伝いなんかもしているのではないでしょうか。まあ、もちろん、こんかいの母の日をきっかけにして、これからは少しずつでも、お手伝いをするようになるのであれば、もうしぶんないのですけどね。

スマイルプリキュア! #14 そうだ 大阪、行こう。 感想

大阪名物!といえば、そう、オバチャンですね。よくわからんが。うん。いやー、でも、ほんと、大阪のオバチャンっていうと、ケバケバしくて、ちょっと口が悪くて、でも、じつはとっても親切、みたいなイメージなんですが。でも、みんながみんな、あんな感じのオバチャン連中ではないのでしょうね、じっさいはさ。アハハハ。

でも、ほんと、いい味だしてましたよ、あのオバチャンたち。ぐうぜんなんだか、なんだか、ゆくさきざきでバッタリでくわしてさ。おいおいまたかよッ!って、ツッコミいれたくなるくらい。笑わせてもらいました。

それにしても、やっと、というか初めてキュアデコルが、プリキュアのパワーアップに役立ちました。羽を装備して、空中戦にも対応するようになりました。そうやってドンドン加速していくンですね。ええ、わかります、わかります。そうやって加速世界の王をめざしていくという熱い展開。うむ。やっぱ、こうでなくっちゃダメだと思うね。敵をたおすごとにアイテムをゲットして、それがパワーアップの道具につながる。これって王道だとおもう。カードキャプターのさくらちゃんだって、カードをゲットするごとに、そのカードのチカラでパワーアップしていたような気がするし。オーズだって、いろんな種類のメダルをゲットすることで、そのメダル単独のチカラのみならず、同じ系列のメダルの組み合わせでさらなるパワーアップ(いわゆるコンボ)をしていたじゃないですか。うーん、なんかね、このキュアデコルをつかってのプリキュアのパワーアップというのが今回すごくうれしかったです、個人的には。おそらく、そのうち「ドリル」のキュアデコルが登場して、プリキュアドリルキックが実現するとおもいますよ!

京都タワーが怪物になったり、マジョリーナさんは敗北したものの「ラブプラスの瞳」をもってるからというワケワカラン理由でからくもダークネビュラ行きをのがれたり、四神相応の石碑がすべて破壊されて京都上空のザ・ホールが消滅しちゃったりとか、もうホントいろいろあって、なにがなんだか頭ン中こんがらがってますけれど。まあ、とにもかくにも、楽しい楽しいシューガク旅行も無事終了しまして。次回からは通常回にもどります。そういつまでもロケやってらんないから。番組の予算には限りがあるのよ。

スマイルプリキュア! #13 そうだ 京都、行こう。 感想

大凶ひいたときの、星空さんの顔芸とか、顔芸とか、顔芸がさ。
なんか未来日記の登場人物があんな顔してたなと。
それくらいスゴイ顔芸だったよ、星空さん。
いや〜、演出がだんだんエグい深夜アニメっぽくなってくるプリキュアなのですが…
どうなんでしょうかね、この傾向は。
いやはや。

まあ、脚本は、安心の成田良美センセーだったので、けっしてバッドエンドにはなりません。
成田センセーが伝えたかったのは、旅行でのちょっとしたハプニングでも、それを仲間と共有できたのであれば、それはかならず、あとで良い思い出になるよ、ということなのでしょう。うん。すこしバカやったほうが、おもいで話としては、もりあがるわけですしね。
池におっこちたり、鳥のウンコが頭にポトリ、抹茶ソフトクリームが顔にベッチャリ、なんていうのは、よくあること…かどうかは分かりませんが、とにかく、そんなことはカワイイものです。だって命にべつじょうありませんから。
大ケガしたり、そんな致命的な事故がおきなかったのならば、なにより、なによりで。現地の人たちも、修学旅行生というのは態度が悪いものと相場がきまってることをこころえているでしょうから、たしょう迷惑かけたとしても、小銭をイッパイ落としていってくれたのなら、ひきつった笑顔で許してくれることでしょうし。
なにがハッピーかといえば、京都の人たちはお金儲け、修学旅行生どもはとにもかくにも楽しめた、ということなんです。たぶん。

地味に、というか、むりやりに、かぐや姫とか、ピーターパンとか、ねじこんできましたね。スマイルプリキュアは、おとぎ話がテーマなのだから、ってことで。成田センセーの苦労が、うかがえました。

星空さんのお買い上げになったお人形は、御菊人形なので、いずれ髪の毛が生えてくるハズですから、ご心配なく。

そんなこんなでシューガク旅行は、まだまだ続くのでした。次回は、大阪の街で、プリキュアが大暴れ!

スマイルプリキュア! #12 青いのもあるでよ! 感想

うーむ、これは、これは。アカンベェのパチモン、用意してきましたネ。ああ、そうか、そうか、そうですよね、だって、このまま毎回、プリキュアたちはキュアデコルを1個ゲット、いっぽうで敵さんたちはバッドエナジーを1回分ゲットしてピエーロ・カウンターをひとつすすめる、ってのをヤってたら、どう考えてもプリキュアさんたちのほうが早く目的を達成してしまいますもんね。というわけで、どうにかして、ちょうじりあわせるための苦肉の策としてアオッパナを用意することにしたんだナ。うん。うまいぐあいにアオッパナは5個用意したので、どうやらメルヘンランドの女王様が復活してから、そのあとすぐピエーロ様が復活するだんどりになりそうだ。ああ、コリャ、コリャ。

どうやら2クールでピエーロ様とメンヘルランド女王との対決は終了するみたいだな。まあ、どんな終わり方をするのかはワカランが。たぶん和解エンドというかスマイルエンドなんじゃないだろうか。そうして、そのあと新展開というか、真のラスボスであるジョーカーさんが台頭してきて、どんな願いでも1つだけかなうというミラクルジュエルの争奪戦になるのかなと。なんか、そんな感じがしました。

それにしても、ふしぎ図書館さえあれば、ふしぎ図書館経由で京都や大阪だけでなく、富士山の頂上だろうが、南極だろうが、女子更衣室だろうと、本棚さえあれば、いつでもどこでも好きなときに好きな場所に行かれるというのに。なぜにキャンディさんは、シューガク旅行にこだわるのだろうか。疑問だ。やっぱ新幹線で、たしょうの時間をかけて行くからイイのだろうか。はてさて。

地味にキャンディさんのメイン回だったのかもしれない。だが、それにしてもプリキュアさんたちのパワーアップが地味な割に超展開すぎて残念な印象だった。まあ、プリキュアさんたちとキャンディさんの信頼関係というか絆が深まったから、って言われちゃったら、それまでですがね。それにしたって追加デコルがあんな感じに、ご登場とは。どうなってんだい。

あと、最後にいっておきたいのは、ウルフルンさんのアオッパナに関する丁寧すぎる説明が、どうにも、こうにも、ウザかった。

スマイルプリキュア! #11 虫のバッドエナジーでもオッケーな件(笑) 感想

笑ったよ!バッドエナジーを発して、うなだれてる虫たちの姿に。それにしても虫のバッドエナジーでもピエーロ・カウンターはちゃんと動くのですね。なんつーか、それでイイのか、という素朴な疑問もあるのですが。いえいえ、一寸の虫にも五分の魂、なんて昔から言いますもんね。虫さんたちの絶望とて、バカにはできません。それに、これは伏線に使えそうです。そう、いずれピエーロ様は復活するのでしょうけれども、でも、復活したピエーロ様はなぜかイマイチ不完全な状態なんです。なぜか?ハイ、もうおわかりですね、そうです、バッドエナジーの中に不純物、というか、虫のバッドエナジー成分が含まれているからです。純度100%の人間バッドエナジーでなければならないところに、あろうことか虫のバッドエナジー成分が混ざってしまって、さあタイヘン。ピエーロ様はプリキュアとの戦いのさいちゅう、とつじょとして、むしょうに空を飛びたくなったり、花の蜜を吸いたくなったり、ウンコを転がしたくなったりと、そんな虫っぽい感情がひしひとわいてきて、戦闘に集中できなくなってしまうのです。それもこれも原因は、虫のバッドエナジー成分のせいでして。そんなこんなでピエーロ様はプリキュアさんたちにあっけなく倒されてしまう。そんなオチなんだ、きっと。うん。ですよね?成田先生?

と、まあ、そんなことは、さておき。今回のお話は、「うちでのコヅチ」というアイテムだけではあったけれど、一寸法師というおとぎ話ネタをからめてあって、良かったです。なんかスマイルプリキュアは、おとぎ話がテーマだとうたってるわりに、あまりおとぎ話がとりあげられていませんからね。やはり基本はおさえておかなければなりません。ここ大事なトコ。

体が小さくなることで、いつもと同じ場所でも違った世界に見えるんだよ。と、そんなことも描きたかったのかな今回は。まあ、リアルな虫たちの世界は、描かれていたようななまぬるい世界ではなくて、もっとこう、生きるか死ぬか、食べるか食べられるか、みたいな過酷な世界のような気もするのですが。まあ、そこらへんはスルーするとしても。虫たちと同じ視点になることで、虫嫌いの緑川さんが、多少なりとも、虫たちの存在に理解を示すようになる、という展開は、わりとよかったかもしれない。でも、もとの大きさに戻ったら、やっぱり虫嫌いだった、というのも自然な感覚ですかね。だって、頭でわかっていても、そう簡単にはなおりませんから、好き嫌いというモノは。とはいえ、成田先生的には、自分と違う立場を理解するには、まずは、とにかくその相手の立場と同列になってみないとダメなんだ、と、そんなことも伝えたかったのかもしれませんね。うん、わかります、わかります。そこらへんが成田先生っぽい、いい話なんですもんね。うむ。

それにしても、マジョリーナさんが、すこしマヌケで、かわいいおばあちゃん風に描かれているのは、なんともほほえましいです。

スマイルプリキュア! #10 あかねの、おとんが皇帝ピエーロだったりして 感想

ふしぎ図書館が空気な件。

秘密基地なんて、これっぽっちも、いらなかったンだ。ボソリ

それにしても、なんだ。今回は感想の書きようがないというか、なんというか。オレンジ・メイン回だからというワケでもないけど。あいかわらず日常が描かれる展開でして。まあ、それは良いとしても。うむ。お好み焼きの隠し味のオチも、なんだかなー、って感じだったし。よくわからん。

れいか様のエプロン姿がよかった、とか、アイキャッチにアカンベェが初登場、とか。そのくらいしか印象に残らなかったデス。正直なトコロ。

ああ、でも、ビューティとサニーが必殺技のコンボで蒸気をおこす、というのは、なかなか、どうして。よかったよ。うん。接着剤が手についちゃったとき、ぬるま湯に指つっこんだり、しますもんね。うん、うん。

…、書くことがないorz

今回、あかねのおとんが出てきたのが伏線で、じつは、おとんが悪の皇帝ピエーロ様とか、そんなオチだったらウケるのですが。どうなんでしょうか。ピエーロ様は人間界に封印されていて。えっと、封印というと、化石みたくなってたり、壺の中に閉じ込められたり、そんなイメージをいだくとおもうのですが。そうではなくて、ピエーロ様は人間界で人間の姿にされていて、しかも本人は自分がピエーロだということに気がついていないという。そんな設定なんじゃないかなと。そんなワケで、バッドエナジーが必要な量あつまると突然、あかねのおとんは人間の皮をやぶり、巨大化して、皇帝ピエーロ様として復活する。そんな展開を期待しています。。。。。ネーヨ

もう、最悪ぅ〜

はやく成田先生の復帰を!!

スマイルプリキュア! #09 4月1日に普通に授業やってる学校って… 感想

ふつう、春休みですよね、4月1日って。なんかもう、そのへんから違和感があって。この学校の存在自体がウソみたいな印象でした。先生も、生徒も、みんながみんな、普通に、ホント普通に、4月1日だってのに文句も言わず、普通に学校生活してました。だれか、ひとりくらい、「なんで4月1日からガッコー来なきゃいけねーンだよぉ、チッ」みたくグチってる生徒さんがいらっしゃったら、それはそれで納得だったのですが、そんなヒトひとりもいませんでした。

うーむ、考えに、考えて、結論として、これはきっと、やよいちゃんの夢落ち、かなと。そんな期待もあったのですが。ぜんぜん、そんなこともなく、ふつうに、ふつうの、プリキュアさんの日常でした。なんだコリャ?どーなってンだー!

4月1日ってコトは、4月だから、えっと、新学期?ですよね。みなさん進級されたのでしょうか?それとも留年か?あと、始業式は、ないのかな?いきなり音楽の授業だったケド。それとも、アレだ。きっと3月までに授業でやるべき内容が終わらなかったから、4月にはいってからもヤってるとか、そんな残念なクラスなのか?いやはや。どうしたもんだ。まかりまちがっても9月入学の中学校ってコトはないとは思うが。

もう、今回はワケわからんかったけど。でも、イカちゃん…じゃなくって、やよいちゃんが可愛かったから、ぜんぶ許すよ。それでイイだろ?ヤボなツッコミいれて悪かった。こまかいこと気にしないで楽しむ、それがスマイルプリキュアなんだろうからさ。

それにしても、ふしぎ図書館、プリキュアさんたちは行ってるのか?秘密基地の必要性があまりないような気もするね。音楽室で普通にプリキュアがどーのこーのって話してたし。まったくもう。

なんかね、できれば、やよいちゃんのウソに初めっからみんな気がついていて、逆にクラス全員でやよいちゃんのコトをかついでました!みたいなオチだったりしたら、おもしろかったかもな〜とか。。。ひとりごと、ひとりごとよ。

スマイルプリキュア! #08 アカオーニさんはNHK受信料を支払っているのだろうか? 感想

テレビ、それは、NHKのお財布が膨らむという奇跡の家電、ある者は受信料支払いを催促し、またある者はかたくなに受信料支払いを拒む、大滞納時代、払え払わないを競いあう2種類の連中、その名を訪問集金人と未納者といった…

あいかわらずOPでは、ヨコハマで、プリキュアさんたちがトイズ出しまくりで、ラードと戦っていた。映画、おもしろそうだな。

それはそうと、なんだろな、今回のお話のイマイチ感は。小ネタというか、ちょっとしたギャグが、ちりばめられてたのは楽しかったケド。楽しかったけど、それだけで。ホントそれだけだった。

スマイルプリキュアは、ストーリー性をあまり重視しないで、わりと日常系でヤってくのかな?それもまあ悪くないケド。おとぎ話は、どうした?おとぎ話は、からませないのか?どうでもよくなったのか?おとぎ話はッ!

指輪を返さないとバッドエナジーを集めはじめるよ、という、よくわからんマジョリーナさん。もう強引に、いつものパターンにもっていってるとしか思えなかったよorz

そして、これもいつものことなんだけどね。ほどよくバッドエナジーが集まった頃合いを見計らってアジトに帰ればイイものを。。。よせばいいのにアカンベェを登場させちゃってネ、あーあ、またデコル1個損しちゃったヨ。まあ、今回は、みゆきとキャンディが入れ替わってるから、勝てるとおもったのかもしれないケド。

なんかこう、おもしろいのだけれども、なにがやりたいのかワカラナイ。そんな印象です、スマイルプリキュア!

秘密基地・ふしぎ図書館が早くも空気なのが気になる。

ちぐはぐ、チグハグ。なんかグダグダになって、さいごは超展開で締めくくりそうな、そんな予感さえただよう。らいねんの1月が楽しみだ。成田先生まだー?

それにしても、なんでハッピーシャワーだったのだろうか?キュアキャンディの必殺技ならキャンディシャワーじゃないの?ねぇ?

どうよ?

スマイルプリキュア! #07 住まい!住まい!、住まい!住まい!、住ま〜いるプリキュ〜ア〜!♪お部屋さがしはタイヘーンの巻 感想

いやー、春ですからね。たいへんですよね、お部屋さがし。そうです、新生活に必要なモノといえば、なにはなくとも、まずは、お部屋ですから。ってなわけで、新部活のプリキュア部にも専用の部室が必要と、あいなりました。とはいえ、なにせ非公式の部活なものですから、学校にたのんで、ひと部屋あてがってもらうというワケにもいきません。はてさて、どうしたものか、ここは思案のしどころデス。とりあえず、ふしぎ図書館に集まって知恵をだしあいましょうということになって。でも、よく考えてみれば、ほら、ふしぎ図書館があるじゃないですか、という意見がでた。こりゃ、ごもっとも。もう、ふしぎ図書館がプリキュア部の部室でイイんじゃね?、という話のながれになりそうだったのですが。ところがドッコイ、ふしぎ図書館は、バリアフリーじゃないし、使い勝手がイマイチだ、ああじゃねー、こうじゃねー、ウンタラカンタラと部員から文句がでて。そういうことなら、もっと良い場所さがそうよ!という展開に…

今回のお話は、たぶん、お部屋さがしのノウハウを伝授したかったのだと思います。お部屋は、いちばん最初に見に行ったトコロにしましょう、と。そんな感じに。もっとイイお部屋があるハズ、とか、おもっちゃダメよ、とね。お部屋にかぎらず、わりとなんでも、いちばん最初に決めたヤツが結局いちばん良かった、なんてコト、ないでしょうか?

プリキュアさんたちは、5人が5人、それぞれにイチバンだと思う場所に行ってみるも。それらの場所は、すでに誰かが目的をもって使っていたわけでして。とても、ひみつ基地にはできません。というか、そもそも他人の所有地や所有物を無断使用したら、それは犯罪ですから。ここらへんがプリキュア5のナッチョハウスとは決定的に違うのですよね。ナッチョハウスは、そう、たしか、部員の中にスゲーお金持ちがいて、その人の家の物置だったハズ。だから合法的に自由に使い放題だったんだ。

森の中の秘密の場所ですら、すでに違う誰かによって発見されていて、使用されていて、もう星空さんの秘密の場所ではなくなっていました。そうですね、その森が星空さんちの所有物でもないかぎり「ここ使うから、どいて!さもなければ警察呼びますから!!」とは言えませんよね。というわけで、もう、どこが部室に適した場所だか分からなくなりました。そこでプリキュアさんたちは、本棚に、ゆだねることにしました。「どっかイイとこ、つれてって〜」と念じながら、本棚を、→、←、← →、とな。すると、ついた場所は、あらら不思議、もとの場所だ、ふしぎ図書館だ。

本棚は、なにも語らない。だが、これが答えだ、ここを、ふしぎ図書館を、部室にしろよと。そんな感じですかね。本棚は、ふしぎ図書館から、ふしぎ図書館へ、5人を導いたのでした。それにしても、ああ、なんて懐が深いのだろう、ふしぎ図書館さんは。はじめにあれだけ、ふしぎ図書館じゃダメだダメだ、と文句たれてた少女たちを受け入れてくれるなんて。感動した。

さて、無事に、プリキュア部の部室は、ふしぎ図書館、と決定しましたが。いかんせん、使い勝手がイマイチなのは、あいかわらずでした。さて、どうするのかと思いきや。なんてことはない、デコルで解決しました。ある意味、超展開的だったな、最後は。

スマイルプリキュア! #06 ああ、妹よ!おにいちゃんとよべッ 感想

説明回でしたね。プリキュアさんたちも、メルヘンランドとかの説明がほしいと感じていましたし。ちょうどよい、ころあいでした。視聴者的にも。

というわけで、ゲスト妖精のポップさんの説明会が開催されました。てっきりポップさんは追加妖精なのかとおもいきや、ちがいました。てっきりポップさんは、プリキュア5でいうところの、ナッツ・ポジションなのかと、勝手におもいこんでいましたので。とうとつにポップさんが、帰る、とか言ったとき、えーっ?!、って感じになりました。うーむ。これは、これは。ムダに登場人物が増えると物語が散漫な印象になるからなのか。あるいは兄貴が優秀すぎると、妹のキャンディさんの立場がなくなるからなのか。はてさて。真相は、いかに。

と、それはともかく、有能なポップさんは「プリキュアとは、なんぞや?」「キュアデコルって、なんじゃらホイ?」などなど、素朴な疑問の解決から、多少こみいったお話までしてくれて。ついでに玩具のデコルデコールの販売促進も、さりげなーく、しかも、ちゃっかりと。有能だ、じつに有能だ、バンダイ的に。てゆーか、デコルデコールには16個ほどキュアデコルをはめこむ穴があいてるよね。これって、キュアデコルは、ぜんぶで16個あるのよ、ってコトなんでしょうかね?ということは、毎回1個ずつキュアデコルをゲットすれば、女王様の復活は5月ですか。はえーな。

あと、敵さんのほうにも新キャラ登場で、なんとなくどこかの怪盗帝国のトゥエンティさんっぽいんだけど、それはイイとして、おそらく彼は各話のストーリー展開がマンネリ化しはじめたときに調味料的な役割をはたしてくれるのでしょう。味付け係のジョーカーさん、じつはラスボスの可能性も、すでにウワサされています。とりあえず上着を脱いでTKBをビンビンに…みたいなコトはしないとはおもいますが。

今回は、説明ばかりで退屈な展開にならないようにと、工夫してたような気がした。おかげで楽しめた。星空さんたちが武富士ダンスっぽいのヤってくれたり、うまく敵さんたちの会合の場面へと切り替えたりと、ポップさんの解説いっぺんとうにならないようにとの配慮ですね。これは良いことです。スイートプリキュアの第1話の失敗をふまえてるのかな。それにしても、伝説のプリキュアの絵本の白紙のページはこれからおまえらが描いていくんだぞ!みたいなくだりは、さも伝説の楽譜の次の音符をつむいでいくのはオマイラだぁ!みたいな感じでした。ほかにもあったのですが、やっぱり随所で過去シリーズの匂いをただよわせていますね、スマイルプリキュアは。

スマイルプリキュア! #05 俺の嫁がプリキュアになっちまった、、、だわさ 感想

さてさて今回は「白雪姫」ですか。はい、はい。てゆーか、ひさしぶりじゃないですか、おとぎ話がからんできたのって。うーむ。おもいおこせば第1話で「3匹の子豚」ネタがちらっとでてきただけで。それからというもの、おとぎ話ネタってなかったような気がするんだが。はてさて。まあ、第1話から第5話までは、敵さんもプリキュアも顔見世のような感じだったのだろうから、おとぎ話にかんしてはテキトーだったのかもしれません。きっと次回からがスマイルプリキュアの本格始動で、おとぎ話がバンバンからんだ展開になっていくことでしょう、、、なっていくはず、、、なっていってほしいなァー

ああ、青木れいか様、いいよ、いいよ。ケコーンしたい。もうね、可愛い、とか、そうゆうレベルじゃなくって、素敵なのよ。やっぱ、これからの時代はパッツン前髪で古風な優等生キャラでしょ。れいか様を堪能できた今回。これからも出番を多くして欲しいデス。うんうん。それはそうと、うーん、それにしても、なんかこう、れいか様がプリキュアに覚醒する動機が弱かった感じです。なにか、れいか様が白雪姫へのとくべつな思いいれがあるような描写は、ちょろっと、あったのですが。それがなんなのかは、まったく示されなかったので、なぜマジョリーナさんが白雪姫のイラストをふんづけたときに反応して、れいか様は正気をとりもどしたのかが分からなかった。たとえば、そう、小学生のときに白雪姫を演じたとか、そういう回想がちょろっとでもあったらなと。結局、れいか様は、マジョリーナさんに対しては、白雪姫を冒涜されたことに憤慨したのか、読み聞かせ会を邪魔されたことに腹を立てたのか、あるいはその両方だったのか、よくわからず。結果として、れいか様に感情移入できなかった。そのへんが残念ではあったな。

今回は、青木れいか様のキュアビューティへの覚醒回でしたが、あと、ついでにマジョリーナさん初登場回でもありました。マジョリーナさんはプリキュアさんたちとのやりとりが地味にオモシロカッタかも。おばあちゃんが孫たちと、たわむれている感じすらした。

とにかく今回までで、5人のプリキュアと敵の3幹部と、役者がそろいました。めでたし、めでたし。次回以降、メルヘンランドとバッドエンド王国との対立を軸にした物語の展開に期待したいデス。

赤鬼とパンツ

みなさん、ごぞんじのとおり、アカオーニさんは夜、寝るときパンツをはいてません。そうです、フルチンです。毎晩パンツをぬいで、そのパンツをやさしく手洗いしてから干して、オネンネする。そして翌日、なまっ乾きのパンツをはく。それがアカオーニさんの日常になっているようです。なぜフルチンで寝ているのかといいますと、単純に気持ちイイから、ではなくて、パンツをはいたまま寝てしまうと寝返りをうったりしたときにパンツがよれてしまいシワシワになってしまうからです。大事なパンツがシワシワに。それがイヤで、パンツをはかないで寝るというのです。

あのトラの毛皮でできているという、地味にワシントン条約に違反してるっぽい、アカオーニさんのパンツ。べつにどうってこともないようなパンツですが、ところがどっこい、あのパンツ、そんじょそこいらでは手に入らないシロモノなんです。そう、じつはアレ、なにをかくそう皇帝ピエーロ様から賜ったという大事な、それは大事な恩賜のパンツ。かつて無位無官のただの一兵卒でしかなかったアカオーニさんが、メルヘンランドとの戦争で功績をあげ、恩賞として格別なはからいを受け、皇帝陛下への拝謁を許され、なおかつ、じきじきに賜ったというパンツ。そのような、ありがたいパンツなのですから、アカオーニさんが自分の命と同じくらいに大切にするのは無理もないことなのです。

さて、そんなアカオーニさんなのですが、プリキュアさんたちとの戦いでは、いずれ倒されるときがやってきます。これは、お約束ですから、いくら数々の修羅場をくぐりぬけてきたアカオーニさんとて避けられない運命なのです。で、どうゆうふうにヤられちゃうのかといいますと。えっと、まず、パンツを脱がされちゃいます、キュアハッピーさんに。いや、故意にではありませんから、けっして故意にではありません。だってキュアハッピーさんってば、ドジっ娘なんですもん。ついつい戦闘中のどさくさに、手がアカオーニさんのパンツに引っかかっちゃってネ。そのはずみで、ズルリとヤっちまったんだよ。あははは。キャーハズカシー

あろうことかパンツを脱がされちまったアカオーニさんは茫然自失してしまいます。そりゃそうです、いいオッサンが、まさかまさか、女子中学生にパンツを脱がされるなんて、予想だにしませんから。そしてアカオーニさんがひるんだすきにプリキュアさんたちの無慈悲な必殺技のオンパレードがはじまります。両手で股間を隠すのに精一杯であたふたするアカオーニさん、なすすべなく、あえなく火ダルマ状態の感電状態の目も当てられないありさまに。ええ、もちろんフルチンのまんまですから。

戦いは終わった。チカラつきて、地べたにあおむけのアカオーニさん、もちろんフルチンです。そんな状態のアカオーニを5人のプリキュアさんたちが取り囲んで、見さげていた。キュアハッピーさんはとどめをさすまえに「武士の情けじゃ、最後に何か言っておきたいコトはあるか?」と尋ねる。アカオーニさんは虫の息で答えるのですが、「パ、パンツを…」のところまででて、そのあとの「はかせてください」が続かない。弱りきったアカオーニさんをまえにして不憫に思ったキュアハッピーさんは「ええい、みなまで言うな、うむ、わかった。」と口にしただけで、無言で丁寧にアカオーニさんにパンツをはかせてあげました。うつろな目でその一部始終を確認したアカオーニさん、そのあと口元を緩ませ、最後の力をふりしぼって「あ、あ・り・が・と、、、ウッ(ガクッ」と。そして絶命した。

緑川家の家庭の事情

いつも快活な緑川さんですが、じつは心の奥では「家族なんて、いつかバラバラになってしまう」と不安におもっているのです。

数年前に両親が離婚して、緑川さんのいまのお母さんは実父(デューン)の再婚相手。そして、もともとひとりっこだった緑川さんには突如として5人の弟妹ができてしまった。そんな経験から緑川さんは、家族ってなんだろう?、と悩むようになったのです。そうですよね、いままで絶対的に私のお母さんだと信じて疑わなかった人がいなくなり、ある日とつぜん知らない女の人がやって来て今日から私のお母さんですよだなんて。しかも、見ず知らずのガキンチョ5人のことを弟妹としてあつかえだなんて。そんなの無理。無理、無理。

こうして精神的に不安定になった緑川さん。生活が荒れていた時期がありました。近所の愚連隊に所属して、悪いことをしていたことすらも。けれども、もちまえの正義感から、良心の呵責にたえきれず、愚連隊生活は長続きしませんでした。それから行き場をなくした緑川さんは、しだいに家に引きこもるようになりました。もう何も信じない、何もしたくない、何をしてもムダだ、と。

昼夜逆転の生活になり、学校にも通わず、深夜アニメばかり見てすごす無為な毎日。緑川さんは、そんな自堕落な生活をおくっていたのですが、ある日、ハタと気がつく。血のつながり、そんなものは関係ない、と。なぜ気がついたのかというと、見ていた深夜アニメのひとつに今の自分の置かれた環境と重なる作品があったからです。その作品のタイトルは忘れてしまったのですが、とにかく、その作品には複雑な家庭環境が描かれていて、それが原因でいろいろとトラブルがおこるのですが、けれども主人公はめげずに困難を乗り越えていくという、そんなストーリーでした。とにかく緑川さんはそのアニメにひどく感銘を受けたのでした。

緑川さんは「家族とは、なんぞや?」という自問に、「自分が家族だと認め、家族でありたいと願うものこそが家族なのだ。」と自答するようになった。血がつながってるから家族?いっしょに暮らしてるから家族?いや違う。家族でありたいと願うから家族なわけで、そのためには守らなければならない、家族を。戦わなければならない、家族のために。思春期の少女らしく、なんだか「家族」という言葉に酔いしれてる感すらある緑川さんなのですが。それはさておき、それからというもの、緑川さんは変わった。あたらしいお母さんのことは、まあ、アレだけど、子供は嫌いじゃないから、へんなわだかまりはすてて、とりあえず弟妹たちとは仲良くしてみようと。かれらを異常に可愛がるようになった。はじめは姉の豹変をいぶかっていた弟妹たちだったが、そう、かれらはあまり賢い連中ではなかったので、すぐに、まいっか、みたいな感覚で慣れてしまいました。

血縁にはこだわらないつもりでいた緑川さんなのですが、そこはそれ、やはり無意識のうちに意識していた。血のつながりがないのなら、いや、血のつながりがないからこそ、本当のキョウダイではないからこそ、より本当の本物のキョウダイらしくふるまいたい。緑川さんはそう願った。そして緑川さんは、緑川さんが理想とするキョウダイ像をいつも心に描きながら、弟妹たちにせっしていた。もしかするとこれはただの自己満足の「キョウダイごっこ」なのかもしれない、と、ときには冷静に自己分析する緑川さんでもあったのですが。そんな弱気なときは、自分を信じて行動していれば、きっといつか、ニセモノでもホンモノになれるはず、自分を信じなくてどうするんだ、と自身にハッパをかける緑川さんでしたとさ。

スマイルプリキュア! #04 プリキュア系隣人部 感想

いっけねー、じゃんけんポンするの忘れちったよ。チッ、チッ、チッ。
来週は忘れないようにしないとネ。
チョキ、パー、ときたら、次回はグーかな?
うーん、それにしても可愛いな、キュアピースぅぅぅ…
星空さんの私服のニーソも、カワイイよ。。。

それにしても、キュアデコルって、いったい、なんなんでしょうかねェ?
デコル、デコれば、デコルとき、、、デコれ!
そう、デコルはキャンディさんの食料補給やら髪型チェンジやら、そういうことに役立つという。
プリキュアのパワーアップには、いっこうに役立たない、それがキュアデコルなのさ。
さーて来週のキャンディさんの髪型は…ちょうちょ?なのか?アレは?

それはさておき、今回の主役は緑川サンでした。
緑川サンをプリキュア部に勧誘せよ!それが今回、星空サンに課せられた使命です。
あたりまえのことですが、プリキュア部への入部資格は、自身がプリキュアであることですから。ハードルは高いです、ものすごく。
けれども、そんなことはおかまいなしに星空サンは緑川サンを4人目のプリキュアにしちゃおうと画策するのですが。そんなムチャな。
とはいえ、どういうわけか星空サンが、この娘こそプリキュアにふさわしい、と勝手に思い込むと、かならずそうなるのよ。あら不思議。
なので星空サンに目をつけられたら最後、もうプリキュアやるしかありません。
今回も順調に、新プリキュア誕生の、お膳立てがなされていました。子役もふくめた役者さんたちもその流れにさからわず、ひたすら新プリキュア誕生の瞬間をもりあげるべく迫真の演技をしてくれていましたね。そこいらのガキンチョをかき集めてきたような弟さん妹さんたちとて、じっさいは厳しいオーディションを勝ち抜いた強者の子役さんたちなのです。そしてレインボー造型企画謹製のアカオーニさんも偶然をよそおいつつも、「時間をみはからって、河川敷でサッカーやってる少年少女たちの前でいつものアレ、そう、白紙の未来がどうたらでピエーロ様がうんたらで、って、つぶやきながら、黒い絵の具をにぎりつぶし、しかるのち、黒絵の具でベットリのオテテをノートにドバーッっての、やってくださーい!」という天の声を聞いたらしく、そのとおりに自分の役目を演じてくれてました。うむ。さすが、おとぎ話の世界の住人だけのことはあるなと思いましたヨ。

はい、とにもかくにも周囲の地味な協力をえて、はれてプリキュア部も緑川サンが加入して部員が4人になりました。
キュアマーチの誕生です。
プリキュアになりたてで苦戦するかなと思いきや、そこはそれ、変身前はスポーツ万能の緑川サンですから、そんなプリキュアのハードルなんかもなんなく乗り越えてしまいます。
変身直後は、さしもの緑川サンも、プリキュアのチカラのあんばいに少しだけとまどってはいましたが、そのあとはもう、ぜんぶひとりで、キュアマーチひとりで敵さんをバッタバッタと切り倒していきました。ほかの3人のプリキュアさんたちは、ただただ見守るだけで、もうキュアマーチひとりで全部オッケーでした。緑川サンの運動能力は日野サンをもしのいでいるようでして、プリキュア業とて数あるスポーツの一種のような感覚で順調に適応していってくれました。めでたしメデタシ。

緑川サンは自分が正しいとおもったことは決してまげない。相手が上級生だろうと、なんだろうと、筋が通らないことは認めない、認めたくない、という、ゆうずうのきかない人。緑川サンの辞書には「長幼の序」という言葉はのってないのだ。それにしても、あのときイケメン生徒会長があらわれてなかったら、どうなっていたのだろうか?あと、もしや、イケメン生徒会長と青木れいか様は、その、チョメチョメな仲だったりするのかしらん、とか思ってしまったのは私だけだろうか?ああ、そんなこと考えてたら今夜は眠れそうもないですねん。

きずなが、どうたらで。家族がバラバラで、なんたら。くだらない、こわしてやる。
そういうこと言うの許せない。そうじゃないんだから、あたしがそうさせないんだから、みたいな。そんな緑川サンでした。いやー、たのもしい、お姉さんだ。ボクにもそんなお姉さんが欲しかった。そんな素敵なお姉さんである緑川サンこそが「お姉さんポニーテール」にするべきなのだと思う。

それにしてもアカオーニさんは、しりもちついた衝撃でウンコが漏れて、パンツ汚れちゃうとは…
いやはや、なんという、おちゃめさんなんだか…

スマイルプリキュア! #03 じゃんけんピョョョョ〜ン♪(笑)でキュアピース! 感想

かわいい。じつに、かわいいよ、キュアピース。
しおらしいイカちゃん声もグッドだよ。オイ。
泣き虫キャラってトコが、ちょっと反則気味なんですがね。うーむ。
もうキュアピースに全部もっていかれそうな、そんな予感すらする…
と思いきや、地味に可愛いパッツン委員長の存在はスルーできません。
パッツン前髪さんは5人目プリキュア確定ですから、余裕の笑顔でした。
なんというか、毒気の抜けた花音様@ジュエルペットサンシャインみたいな雰囲気をただよわせる青木れいか様の今後のご活躍に期待してます。

で、今話の感想なのですが。
まず、キャンディさんの「そんなことは、いいクル(キリッ」には笑わせていただきました。
黄瀬さんがキャンディさんに、おまえさんはオモチャじゃなかったのかい?、とツッコミをいれたとき、こまけーこと気にしてないでとっとと変身しやがれ、みたいな感じだったのがウケタ。
キャンディさんは自分勝手だなと。しみじみ。

今回の敵さんは、初登場のアカオーニさんでした。
なんかねぇ、名前が、赤鬼そのまんま、というか、なんというか。
せめて「アカオニーナ」とかにしてほしかったわ。
ウルフルンとアカオニーナなら、かわいいでしょ?

それにしてもハッピーさんもサニーさんも必殺技の使い方が、ぞんざいな感じですね。
敵さんにカンタンによけられてしまったり、気合いがたりなくて効果がなかったり、と。
まあ今回は、キュアピースに花を持たせないといけない、という理由で、そうなっただけなのかもしれませんが。どうなんでしょうか、ちょっと心配になりますね。
でも、今後登場するであろう玩具をつかっての攻撃になれば、気合いを入れる必要もなくなり、しかも必殺技が連発できるようになるのかもしれませんね。どうなるか、わからんが。

さてさて、とりあえず1回つかっちったら、しばらくは使えないという必殺技をムダにつかってしまって、もう、あとがない2人のプリキュアさん。絶体絶命のピーンチ。さてさて、どうする、どうする、どうする?
といったところで、ハイ、みなさん、おまちかね。
予定調和的に、黄瀬やよい、覚醒デス。
変身バンクで、髪の毛がポンッとなって広がるところが、なんか良かったなあ。

キュアピースさんの特殊能力というか、必殺技は電撃なんですが。
なにげにコレは、つかえるネ。
電撃は周囲に広がっていくから、テキトーに攻撃してもダイジョーブっぽいんだ。
でも、気をつけないと、ヘタすると味方にまで電撃をくらわせてしまう危険性も…
と、とにかく、シャワーや、火の玉バレーボールよりは、使い方がカンタンっぽくて、キュアピースさんにはピッタリかも。

まあ今回は、だいたいこんな感想でしたかね。
ウルフルンさんにくらべて、アカオーニさんがキャラ的に残念な印象だった。
敵キャラに魅力がないと、おもしろさも半減だと思うんですがね。
そこんとこ、ちょっと真剣に考えて欲しいです。

スマイルプリキュア! #02 キュアデコルがプリキュアのパワーアップ・アイテムになりそうもない件 感想

なんか、あんまり、ってかゼンゼン、おとぎ話と関係なくなってる感じがするんだが…気のせいかな?うむ。前回は、かなりムリヤリだったけど、3匹のこぶたネタがあったけど。今回は、なんかあったっけか?

今回はサニー覚醒回でした。ほんと偶然にウルフルンさんが日野さんの所属するバレーボール部の練習場所に登場して、ほんとビックリしました。それは、さておき。まあ、イロイロあって、キュアハッピーがドジで、そのおかげでめでたくキュアサニー登場とあいなりました。おわり。

さて、第1話、第2話と見てきて、わかったことは、まず戦場は現実世界であるということ。てっきり毎回、絵本の世界に入っていって、その絵本のエンドをバッドにしようとたくらむ敵さんと戦うのかと思ってましたが、そうではありませんでした。結局、敵さんたちは人間の発するバッドエナジーが欲しいだけなんですよね。それもこれもピエーロ皇帝の復活のために。なんだ、そうで。

あと、ハッピーシャワーは連発できない、というのは、なかなかリアルな設定だなと。だってそうですよね、あれだけ気合を入れないと出ない必殺技で、しかも使用後の体力の消耗が激しいワケですから。そうたやすく連発されたら、それこそウソくさい。でも、プリキュアで、こういう特殊能力の使用制限という設定は珍しいのではないかな。

ところでキュアデコルとは、たんにキャンディさんの食料を出すためのモノなのだろうか?イチゴのキュアデコルなら、イチゴを。メロンのキュアデコルなら、メロンを。って感じに、ね。って、なんじゃ、そりゃ。てっきり、キュアデコルの怪人であるアカンベェを倒すごとに1個キュアデコルをゲットして、それがプリキュアのパワーアップ・アイテムになるのかと思ってたのですが…ちがうのね。そういえば、だいたいイチゴなんて武器になりそうもないしな。ドリルとか、クローとか、そういうキュアデコルなら役に立ちそうなんだが。そんなデコルはないのでしょうね。残念。

それにしてもキュアハッピーの、あのでっかいツインテールは、本当にただのお飾りなのだろうか。キュアハッピーさん、アカンベェににぎりつぶされそうになってたとき、髪の毛がビヨヨヨーンと伸びて、アカンベェを攻撃するのかとおもったが、そういう展開にはならなかった。どうなってるんだ?!あのでっかいツインテールは、ザリガニだかロブスターの爪のような装備になってると聞いていたのだが…なんだデマかよ、、、チッッ

ハッピーエンドとバッドエンドに関して、スマイルプリキュア!で気になったこととか、チョボチョボと。独断と偏見で。

幸せ、それは主観的で、個人的なもの。だからこそ「あなたにとってのハッピーって、なに?」みたいな質問も意味があるわけでして。幸せというモノに唯一無二の絶対的な答えなんて存在しない。というわけで、だれが何を幸せと思おうが勝手だけど、それをひとに押し付けないでほしいんだ。だって、幸せって人それぞれだから。ありがた迷惑なんだよアンタの幸福感は、なんてことは、よくあることだ。

マッチ売りの少女はバッドエンドだったのだろうか、という素朴な疑問がある。たしかに少女は死んだ。でも、その少女が不幸だったか幸福だったかなんて、誰が分かるだろうか。わかるよなんてほざくのは、おもいあがりもいいとこだ。人生を終えた人の、その人の最後の瞬間の価値観にほんの少しでも触れることなんて誰にもできやしないのだから。なのに、あの人は幸せだった、いや不幸だった、などと勝手に自分の価値観と照らし合わせ、憶測して、さも分かったような顔をする人、わりと世間には多いような気がする。

なんつーか、そこらへんがひっかかるというか、なんというか。星空さんの「ハッピー」もそんな感じで、自分の価値観のモノサシを絶対視する傾向があるんじゃなかろうかと。まあ、星空さんとて生粋のバカじゃないだろうから、いずれきっと、そこらへんでつまずく展開になるのかもしらんが。とにかく自分のハッピー感が、かならずしも他者のハッピー感と一致しないのは、明々白々の事実なのです。でも星空さんたちって、まだ中学生で、人生経験もまだそこそこだから、社会的な視点に欠ける面があったとしてもしかたがないことで。そこに成長の余地があると考えることもできそうです。そして、幸福感のおそるべき多様性、それを理解するようになれば、ハッピーの押しつけは、価値観の押し付けは、他者には迷惑な場合もよくあることなんだと分かってくれるようになるでしょうよ。

ところで、100歩ゆずって、仮に絶対的なハッピーエンドとバッドエンドの存在を認めたとして。たとえば物語の中で対立があったとして、その戦いに勝利した場合にハッピーエンドと定義し、敗北した場合をバッドエンドと定義しよう。この場合、登場人物の立場によってハッピーエンドともバッドエンドとも解釈できるわけでして。たとえば、三匹の子豚の話では、子豚の立場ならハッピーエンドだろうが、オオカミの立場だとバッドエンドだといえる。

あと、ふと思ったのですが、泣いた赤鬼のお話は、ハッピーエンドなんだろうか、それともバッドエンドなのだろうか?赤鬼は村の人たちと友達になれたけれど、その代償として青鬼という大切な友達を失っている。欲しいものを得るために、大切なものを失った、みたいな感じで。「何かを得るためには何かを捨てなきゃ」が口癖だった、あの人の顔がよみがえる。等価交換というか、ハッピーのイイトコどりはダメよ、みたいな感じで。どうなんだろうかコレは。そういえば真偽のほどは定かではないのですが、セイレーンはプリキュアになった代償として、本来の姿であるネコに戻れなくなった、という怖い説があるのだが。これも彼女にとってはハッピーだったのか、どうなのか。もしも猫時代のセイレーンに猫の彼氏がいたとしたら、もう彼とは結ばれないでしょうに。

まあ、なんだろな。結局、物語にはイロイロなパターンがないとダメなんでしょうね。ハッピーエンドだろうと、バッドエンドだろうと、はたまたそのどちらとも判断がつかないエンドだろうと。ようは、その物語から何を感じ考え学ぶか、なんだろうな。

スマイルプリキュアが今後どういう展開に進んでいくのか、まったく予想がつかないのですが。でも、スイートプリキュアのときのように、最後の最後には、ああ、そういうことか、と、納得のいくフィナーレでしめくくってくれると信じています。というか信じたい。

あ、あと、努力は必ずしも自分の望む結果には結びつかないだろうけれど、その努力した過程はムダではない、という考えには共感できます。たとえば必死に勉強したけれど大学受験には失敗した、としても、その必死に勉強したという事実は決してなくならないから。気合を入れて頑張れたという経験は、またなにか別のことにチャレンジするときの自信になるのではないだろうか。そう考えると真剣な努力はたとえ結果が伴わなかったとしても決してムダではないような気がする。それをハッピーと思えるか、どうか。そこは大事なトコかもしれない。

それにしても、ハッピーに関しては、どんなに頑張ってもムダという場合は、たしかにある。努力とハッピーが無関係な場合って、ありますね。たとえば宝くじ1枚だけ買ってそれが1等当選するなんてのは、努力などではなく運だろうし。つまり、よく当たりが出ると評判の売り場で買おうが、どこで買おうが、宝くじ1枚の1等当選の確率というか期待値は同じだろうから。努力は、かならずしも、ハッピーの必要条件ではないのです。

スマイルプリキュア! #01 デコルの怪人・デコリアン登場! 感想

ウルッフッフッフぅ〜wwww
なんて素敵な笑い声なんだろう、ウルフルンさんってば、いやですよ。。。レアスギワロタ
オオカミだからって、ウルフだからって、無理してそんな笑い声しなくっても、ねぇ。
もう頭にこびりついちゃってさ、ウルッフッフッフぅ〜、がさ。
ああ、もう「ウルッフッフッフぅ〜」だけで、お腹イッパイな感じなんだよマジで。
千代の富士だってファンサービスで「ウルッフッフッフぅ〜」なんて笑い声だしたことないんじゃないかなぁ?よくわからんが。
もうウルフルンさんのファンになちゃーうよ。

ああ、でも、ウルフルンさんのせいで、次に出てくるであろう敵幹部さんは、やりにくいだろうな。たとえば次にイカがモチーフの敵幹部とかがでてきたら「イカッカッカッカー」みたいに笑わないといけない、みたいな。うむ。もう、そういう縛りができちゃってて大変です。

いやー、それにしてもイイ。いいよ、ウルフルンさん。世界からスマイルを奪ってやるぜ、みたいな発言しておきながら本人がイチバン素敵な笑い声なんだもん。じつはスマイルが大好きなのかもしれない。これは、もう、最後の最後に裏切るね、ウルフルンさん。そしてプリキュアたちの味方になるという熱い展開に。「本当は俺、笑顔が大好きなんだよー、ウルッフゥー」って叫びながら!

あと、ちょっと思ったのは、「ウルフルン」ってネーミングは、やっぱ「ミラクルン」とか「ライバルン」とかをマネしたのかな、とか。。。ネーヨ

なんかもう、ウルフルンさんのインパクトの強さのせいで、プリキュアさんとか、どうでもよくなってしまった感も、なきにしもあらず。それもこれもキュアハッピーさんにイマイチ感があったからかしら。やっぱ、動いて、しゃべって、それからですもんねキャラクターの評価というのは。キュアハッピーさんに期待しすぎたのが悪いといえば悪いのですが。でもまあ、良くも悪くもなく普通でした、キュアハッピーさん、星空みゆきさん。まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ。

というわけで、キュアハッピーさんにかわって、これからは、パッツン前髪を応援したい。青木れいかさんが、ちょっとしか出番なかったけど、おもいがけず、良い感じでした、お声とかも。なんか自分でもビックリなんだよな、コレが。それにしてもパッツン前髪のヒロインといって、すぐさまココ@ぴちぴちピッチを思い浮かべる人は少ないだろう。

まあ、第1話の感想は、だいたい、こんなもんデス。

スイートプリキュア♪ 第48曲目 エピローグ 感想

結局、このスイートプリキュアという物語は、ノイズ様が主役だった、というかテーマだったようだ。4人のプリキュアたちも、それぞれがそれぞれに、自分自身のノイズというか悲しみと向き合い、多かれ少なかれ苦悩しつつもそれを乗り越えて自信を取り戻してきたというのが序盤から中盤のおわりにかけて描かれ、そして次の段階として、自分の中のノイズという個人的なモノとの対峙から、この世のすべてのノイズの集合体という社会的なモノとの対峙へと、終盤は尺度を広げて描かれたのだ。これはそう、すべてはノイズ様との最終決戦への準備として、プリキュアたちは自分たちの悲しみの経験から自分自身の弱さと、しかし一方で悲しみや弱さを乗り越えられる強さとを、その両方を認識し、それがまたすべての人たちへの可能性をも信じられるようになったという。それがしいては不幸の具現であるノイズ様の救済すらをも信じられるようになるという結果に導いて、じっさい救済したんだ。

人は、生きているかぎり、悲しみや苦しみから完全には、のがれられない。ならば、その不幸を受け入れつつも、地道な努力や工夫によって良い方向にもっていこうとする生き方が大切なんだと。それを伝えたかったのがスイートプリキュアという物語だったのかなと。そんな印象でした。音吉とクレッシェンドトーンがどんなに頑張ってもノイズ様に勝利できなかったのは、不幸というモノから目をそらし、なかったことにしようとする意識や態度が原因だったのでしょうよ。いっぽうでプリキュアはノイズ様を、不幸を受け入れ、そのうえで前に進んでいきたいという気持ちになれたので、ああいう結果になったのでしょうね。そしてピーちゃんは復活した。

たしかにピーちゃんはノイズ様なのだけれど、ノイズ様というのはピーちゃんが、つまり人間の負の感情が暴走した姿なのだから、ピーちゃんが暴走せずにピーちゃんのままでいてくれれば、さほど害はないはずなのです。せいぜいたまに音吉にむけてパイプオルガンをおっことそうとするぐらいでしょう。とはいえ人間とは弱い生き物ですから。いつまたピーちゃんがノイズ様になるともかぎりません。ピーちゃんをノイズ様にさせないために必要なのが、人の愛であり、音楽なのでしょう。悲しいとき苦しいとき、音楽が支えてくれる。それは明るい曲だけではなく、暗く悲しい曲もまた。それらには作曲した人の思いも、その曲を演奏する人の思いもが込められているからなのでしょう。

生きていれば、楽しいことも、つらいことも。そのどちらも受け入れて、人は生きていくのだ。痛み、悲しみ、苦しみ、それらを消し去ることなんてできない。だから、それらとどう付き合って生きていくかを考える勇気を持たないといけない。ときには心が折れそうになることもあるだろうけれど、そんなときはとりあえず歌ってみる。折れそうになる勇気を支えてくれる希望こそが音楽だから。

それにしてもピーちゃんが復活してくれて安心しました。もし、あのままノイズ様が浄化されて終わりだったとしたら、それこそ悲しみや苦しみがなくなってしまったような感じで、すごく後味悪い印象でしたから。そうですよね、ノイズ様も、つまり不幸も不幸として、それはそれで受け入れて生きていくとプリキュアは宣言したのですから。やはりピーちゃん復活は必然で、そのピーちゃんの中には響と奏とエレンとアコの悲しみも入ってるわけですよね。悲しみは消えることはなく、けれどもその悲しみに押しつぶされそうにならず、悲しみは悲しみとして受け入れ、思い出のひとつとして心の片隅にそっと置いておけるようになれば良いのだと。響さんたちはピーちゃんを見るたびに、そう思うようになるんだろうなと。そうです、みんな心にピーちゃんを飼えるようになれればいいのです。

それにしても、それにしても、最後にピーちゃんがあらわれたとき、音吉は動揺を隠せなかったのに、プリキュアたちは嬉々としていたのが、なんともまあ好対照でして、やっぱ年寄りはダメで、若い子とくに思春期の女の子は良いなと思った。悩み苦しみながらも成長していける可能性をそこに見たような気がしたから。それでこそプリキュアなのかなと。

スイートプリキュア♪ 第47曲目 これぞプリキュアの世界観!かな? 感想

神回だった。ふつうに感動しました。まあ、ノイズが音楽かどうかとか、細かいことは気にしちゃダメなんでしょうけれども。それにしても説教合戦な展開の脚本が成田先生っぽい感じだったけど、そうじゃなかったのは残念でしたが。とにかく今回は脚本が良くて、ノイズ様とプリキュア、とくにキュアメロディさんとの会話がよかったです。

ノイズ様は自分自身の存在すらも否定していて、自分自身を消し去りたいとすら思っている。そのためには人々をすべて石にして、死んだ世界をつくりださなくてはならない。死んだ世界には、よろこびもないかわりに、悲しみもない。悲しみがなければ世界の悲しみの結晶である自分はもう決して生まれないはずだから。それがノイズ様の理屈ですね。けれどもノイズ様は本当は自分の存在を肯定したいと無意識のうちに願っていたみたいです。とはいえ悲しみという負の意識の集合体である自分は決して誰からも認められないし、認められようがない、と、あきらめて。ならば消えたい。それには世界を、人々を、音楽を、滅ぼさなければ、と。まずはノイズ様の絶望が描かれていました。

それに対して変身前のキュアメロディさんは、ノイズ様の考えに違和感を覚えつつも、少し理解してしまうんだな。というか悲しみの塊であるノイズ様をここで倒してしまったらますます悲しくなって、悲しいだけでなんの救いもないじゃないかと。だからノイズ様とは戦えないんだと。

けれどもハミィの捨て身の作戦をキッカケにして、プリキュアさんたちは諦観するんだ。プリキュアさんたちの答えは、ノイズ様を倒すのではなくて、助けるのだと。そのために戦うのだと。否定もしないし、肯定もしない。ノイズ様はノイズ様として、悲しみは悲しみとして、ありのままを受け入れようと決めた。そうしたうえで幸せをつかめるように手をのばしたい。そのために音楽が、笑顔が、心のつながりが必要なのだと説く。

プリキュアさんたちはノイズ様へ、とどけたい。けれども、言葉はとどかない。無力感がただよう。そんなときフェアリートーンたちが力を貸してくれた。それはプリキュアたちが心底、音楽を、希望を信じてくれたからできたという。信じる気持ちが、強さになる。助けたいという優しさが強さになるのも、その優しさを強さに変えられるだけの気持ちの強さがあってこそで。

そして最後、ノイズ様を撃破したあと、キュアメロディさんがノイズ様の手をつかむところが、いかにもプリキュアっぽかったです。なんか、手と手をつないで、ってのがプリキュアな感じなんだよな。言葉では通じなくても、手と手をつなげば分かり合える、みたいな感じで。ノイズ様にもプリキュアさんたちの思いが伝わって、悲しみは消え、そしてノイズ様は消滅したという。まあ、ノイズ様、消えちゃったらダメだろ!みたいなツッコミはあるとはおもいますが、細かいことは気にするな!キレイに終わって良かったと思え!!

悲しみや苦しみを知ってる人ほど、どんな小さな愛も大きな幸せに感じられるのだから、それこそ悲しみの塊であるノイズ様にとってメロディさんの手のぬくもりは最高だったはず。なにか最期、ノイズ様にも救いがあって、感動な展開でした。。。(細かいことを気にしたらダメよ。

さて、今回が実質的に最終回でして、次回はエピローグでまるまる1話つかうんでしょうね。
個人的にイチバン気になるのは、調べの館のその後でして…
さあて、調べの館は無事にもとの場所にもどれるのでしょうか?!

スイートプリキュア♪ 第46曲目 うるちゃい、うるちゃい、うるちゃーい! 感想

ノイズ様のメイン回でした。

なんかね、ノイズ様のセリフが、いちいちオモシロくてさ。
1.ファルセットを取り込んだ理由、「あいつは、うるさかった(ボソリ」。
2.プリキュアたちの非難に対しても、「仲間などいらぬ、うるさいだけだ(ヘヘーンダ」。
3.アフロディテ様たちの演奏をまえにして、「うるさい、うるさい、うるさーい(釘宮理恵っぽく」。
とにかくノイズ様は、うるさいのが、お嫌い。

ノイズ様は、幸福のメロディはもちろん、不幸のメロディすらも否定しているんだな。音符をならべかえれば、楽譜は幸福のメロディにも不幸のメロディにもなるから、ってことで。まあ、音楽をたとえにしての説明にはちょっと無理があるような気もするのですが。ようするにノイズ様が伝えたかったのは、物事には表と裏(負の側面)とがある、ということなのでしょうよ。たとえば、包丁は、料理するには便利な道具だけれども、人を刺すことにも使えてしまうように。それと同じように、音楽も、使い方によっては、有益だったり有害だったりするのだと…ちょっと無理があるような気もするんだがな。

まあ、とにかく、そんな善と悪とを兼ね備えた音楽ならば、ないほうがいいじゃないか、というのがノイズ様の理屈でして。すべての音を消し去れば、音に関するトラブルもなくなるからいいんじゃないのかなー、という、なんとも虚無主義者的なノイズ様。もうこうなると、すべてを否定したくなります。自動車は物や人を運べて便利だが、交通事故の原因になるから、ないほうがいい、とか。原発は、二酸化炭素を排出しないで発電できるのはメリットだけど、放射能漏れ事故が怖いから、やっぱりないほうがいい、とか。そんな感覚なのでしょうね、ニヒルなノイズ様は。でも、まあ、ノイズ様にも一理あるので、ちょっとノイズ様が正義でプリキュアたちが悪者のようにも思えてきちゃったよ。

ひるがえってプリキュア側の理屈は、なにもない状態とはマイナスもないかわりにプラスもないということで、それって悲しいよ、みたいな、たぶんそんな感覚で。そう、なにもしなければ絶対に失敗しないけれど、その代わりに何も得られない。それって、さみしすぎるじゃないか、と。だから失敗を恐れずにチャレンジしたいんだ、みたいな。ときには幸福のメロディが不幸のメロディになってしまうこともあるだろうけれど、それでオシマイなわけではないのだから。そうです、気持ちさえあれば何度でも、いくらでも音楽は生み出せる。そうやってプリキュアは復活してきたわけで。あらたな楽譜に、あらたなト音記号、そこから新たな音符をつむいでいけば、また新たな音楽がつらなっていきます。

けっきょくノイズ様の思考というのは進歩を否定しているわけです。一方でプリキュアたちは、なにか困難があっても、それを乗り越えていこうとする気構えです。われわれ人類は、長い歴史で、これまでそうした気構えで今日まできたわけですし、きっとこれからもそうしていくのでしょうよ。自動車の例でいえば、たしかに自動車は交通事故の原因にもなりますが、事故を起こさないように自動車や道路の物理的安全性向上やら法律やらを改善したり、ドライバーの意識向上にもつとめているわけです。それにしても本当に、今現在の人類の生活においては、たくさんの社会問題が生じています。だからといって、それらを全部あきらめて、人類がほろんでしまえばいい、と考えるのはノイズ様と同根の思考だとおもいます。戦争や飢餓、環境問題、ほかにもたくさんありますが、それらにどう対処していき、乗り越えて、人類を進歩させていくか。人類の英知にはまだまだ可能性があるとおもいます、まだまだ新しい音楽に可能性があるように。

生きている限り絶対に音楽はなくならない、といっていた。音楽とは希望のことなのでしょうね。
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