ハピネスプリキュア #18 衣替え 感想

やはり女子の夏服は、いいね!
男子の夏服は、どーでもイイネ!
ってゆーか、さいきんの傾向としては節電の影響もあってかクールビズ?
みなさん、とっとと夏服になってる今日この頃なんですが…
衣替えといえば本来は、そう、6月です(キリッ
こないだ浴衣着て夏祭りやってたじゃん!とか、出会って100日すぎてるんじゃないの?いま何月よ?とか、そういうツッコミはやめてください。
さいきんのハピネスチャージは現実の季節に準拠して進行してるのです。修正してきてるのです、ハイ。

さてさて、おおもりご飯の看板娘である、ゆうゆうも今日から夏服です。
あの残念感ただようサロペットを脱ぎすてて(脱ぎすてられたサロペットは私がひろう(ぇ
涼しげな、おみ足バッチリの、素敵なカッコになっていらっしゃいました(ああ、うれしい
つーか、飲食店で働く女子は1年中夏服じゃないとダメだと思う(そうそう

それにしても弁当屋で結婚式をしようとか、物好きさんもいたものだ(ぇ
と思いきや、最近はオンリーワンだかなんだか知らんが、奇をてらった結婚式を望む傾向があるとかないとかで。
迷惑な話だな(ぉぃ
本人たちはそれで気がすんでいいのかもしらんが、あまり変な結婚式をされても困るって人もいるだろうし。
まあ、そのへんは自己主張と周囲への配慮とのバランスなんでしょうけど…
まあ、今回は、ゆうゆうんちに、おおもりご飯にまとまったオカネが落ちるみたいなので、よしとするか(そうだよね!

今回は結婚式ののろけ話にうまいこと行方不明扱い(本当は鏡の中)の氷川姉のことを話にからませてきました。
そして氷川姉つながりで氷川妹こと氷川いおなさんに良い感じに役割を演じさせてきた。
こんかいはジューンブライドという季節ネタをからめつつの無意味な尺かせぎのゲストキャラ回(ぉぃ)かと思わせといて、実は氷川姉妹に関しての情報もキッチリ入れてくれた話だったという、うーむ。
そうですよね、そろそろ氷川さんのエンジンも始動させてアイドリング状態に保っておかないと、ってことで。
まあ、よほどのことがないかぎり、氷川さんがキュアフォーチュンなんでしょうから(ですよね?
6月は氷川さん強化月間とみた!
次回以降ちょろちょろ氷川さんを登場させて、そして幻影帝国との戦いの場面ではキュアフォーチュンが登場して、ってパターンかな?
これからは毎回ピンチのときにキュアフォーチュンが助けにきてくれて、キュアラブリーたちに「いつも助けてくれるけどキュアフォーチュンっていったい誰なんだろうね?」「そういえば、いおなちゃんがいなくなるとキュアフォーチュンがあらわれて。キュアフォーチュンが去ったあと、いおなちゃんが…だよね。」「もしや、いおなちゃんが…」みたいな会話がなされて。
まんをじして7月以降にキュアフォーチュンの変身バンクが見られるって、すんぽうだな(キリリ

ハピネスプリキュア #17 空手 感想

誠司くんは、いつも遅くまで道場でひとりになるまで居残り練習なのだ。
そして、ころあいをみて、いおなちゃんがやって来るんだ、これもいつも。
ええ、そうです、氷川道場はいおなちゃんちなわけで、いおなちゃんが夜遅くに自分ちの道場に姿をあらわしたところで不自然ではないのよ。
誠司くんはいおなちゃんと通常の空手の稽古が終わったあと、いっしょに、もうひと汗かくのが日課になってたりする。
まあ、空手の練習とはいえ、夜遅くに美少女といっしょ、ふたりっきり、悪くないな。
いおなちゃんの汗が飛び散ってきたりして、なんかエロいかも。
いいな、いいな、誠司くん、爆発しろッ!!
空手の練習で大汗かいて、そのあと、いっしょにお風呂とかまではいかないでしょうが、とにかくリア充な誠司くんでした。ああ、うらやましい。

そしてさらに誠司くんのリア充っぷりが今回あきらかに。
女子手作り弁当が誠司くんのために用意される、というのが今回のストーリーらしいのだが…
こ…ここで、あ…ありのまま、今回、起こった事を話すぜ!
ヒメルダは愛乃さんに誠司くんへの応援弁当づくりを提案したのに、なぜかヒメルダが弁当をつくるはめに。
何を言ってるかわかんねーだろーが、俺も何がなんだかわかんねぇ。
わけがわからないまま、「ヒメルダの弁当物語」は続いてくのだった。
誠司くんはリア充だから、ヒメルダごときの弁当作ってやる発言に対しては、鼻で笑って「気持ちだけ受け取っておくよ…」みたいな受け答えをしてしまい、ヒメルダ激怒。
たしかに、お姫さま育ちのヒメルダは料理が苦手で、弁当だってまんぞくに作れるわけもなく、無理にヘタクソな弁当を作らせて恥をかかせるよりは、との誠司くんの配慮があったのかもしれない。
だがしかし、ときに軽率な優しさは、ひどく人を傷つけることもあるんだよ、誠司くん。
ってゆーか、ふつうは断らない、どんなにヘタクソでも女子の手作り弁当はうれしいし、ありがたいから。でも誠司くんはリア充だから、平気で断るわけよ、「だが断る」とな。罰当たりめが
ここでプライドだけはひといちばい高いヒメルダは意地になる。
どうしても誠司に手作り弁当を食わせ、おいしいと言わせねばと、ヒメルダ、やる気まんまん、やる気だけは。
しかし、やる気だけでウマクいったら苦労しません世の中は。
それから、ありのまま、そのあと起こった事を話すぜ!
ヒメルダは卵焼きを失敗しつづけてました、そしたら、なぜかヒメルダがお使いに行くはめに。
何を言ってるかわかんねーだろーが、俺も何がなんだかわかんねぇ。
とにかく、物語は続く。

誠司くんが空手をはじめたキッカケ、それは愛乃さん。
でも愛乃さんを守りたいとか、そういう理由ではないのです。
愛乃さんの頑張りに触発され、誠司くんも何かに頑張らねばと、そう考えるようになったそうで。
さてそれでは何に頑張ろうかと思案してたところ、そういえば気になる女の子が空手道場にいたな、ということで誠司くんは空手をはじめることにしました。
誠司くんが気になってた女の子は、ほかでもない、いおなちゃん、その人なのでした。
いおなちゃんが空手道場の娘だと知ると、誠司くんはがぜん空手の練習にチカラが入る。
頑張って、頑張って、強くなって、いおなちゃんの気を引きたい、そんなけなげな誠司くんなのでした。
そのかいあって今や誠司くんは氷川道場屈指の実力者に。
そして今回の空手大会で、とうとう優勝をはたした誠司くん。

なんかこう、誠司くんの眼中にヒメルダはないとみた。
誠司くんは、昔は愛乃さんのことが好きだった感じがするのだけれど。
いまは、いおなちゃんのことが100万倍好きなのかなと。
誠司くん、愛乃さんの頑張る姿にあこがれて空手をはじめた。
でも今は、同じ空手道に精進し、切磋琢磨できる、いおなちゃんにこそ魅力を感じてるはずだ。
そして、いおなちゃんも同じ理由から、誠司くんにひかれてるとみていいのでは。
誠司くんは今回、 大会で優勝して、ますますいおなちゃんの気を引くことができたはず。
ふたりがくっつくのも、もう時間の問題か。

まあ今回は、おもいがけずヒメルダのメイン回っぽかったけど、イマイチお弁当は脇役だったということかな(ぇー

ハピネスプリキュア #16 増子美代 感想

かつて自身がプリキュアに助けられた経験から、プリキュアにあこがれるようになり、自分もプリキュアになって世界を救えるヒーローになりたいと強く願うようになったという増子さん。なので、いま「プリキュアウィークリー」という番組でメインキャスターをつとめてるのも、あくまで仮の姿ということで。いつかは自分がプリキュアになって活躍したい、伝える側から伝えられる側に、というのが増子さんのいつわらざる気持ちなのでした。

おそらく「プリキュアウィークリー」という番組で地道にプリキュアの取材を続けていけば、そのうちいつか自分がプリキュアになれるチャンスが、みたいな期待がどこかにあって、それが増子さんの仕事の励みだったのかと。そして今回、とうとうプリキュアになれそうなチャンスにめぐりあうのですが、いかんせん、神さまからもらった愛の結晶は光らず、したがってプリチェンミラーもあらわれず、増子さんは念願のプリキュアにはなれなかったという残念な結果に。

プリキュアになれなくて、自分には世界を救えないと、黄昏に公園のブランコでひとり落ちこむ増子さんなのですが。しかし、プリキュアになって戦うだけが戦いではない。増子さんがプリキュアになれなかったのは、すでに増子さんには増子さんの戦いというか、役割があるわけで。今回またまたプリキュアに助けられて自分自身のふがいなさに意気消沈する増子さんだったのですが、直後にあらわれた子供たちの増子さんに対する好意的な反応をキッカケに、増子さんは自信をとりもどし、自分のなすべきこと、自分の役割に気付いてくれたようだった。

増子さんの役割、それはプリキュアウィークリーで、みんなにプリキュアの活躍を伝えること。そして、みんながプリキュアを応援してくれれば、プリキュアもがんばれる。それが、ひいては世界を救うことにつながるわけでして。増子さんも世界を救う重要な役割の一部をになってるということでした。

世の中、なんでもそうなのですが、ついつい目立つ人たちだけが注目されてしまうのですが。その人たちを後方で支援してる人たちがかならずいるものです。というか、そういう後方支援の人々が地味だけど確実にふんばってくれてるからこそ目立つ人たちも安心して活躍できると。それで世の中は廻っていくというか、世の中はそういう仕組みになってるような気がするんだ。増子さんはプリキュアの夢は叶えられなかったのですが、増子さんにはすでに「プリキュアウィークリー」という居場所があり、そこからプリキュアを支えている。

自分の夢を叶えたいという向上心も素敵なのですが。それだけではなく、分をわきまえて自分のできることをしっかりとこなしていく、それも人として生きていくうえで大切な心掛けのひとつなのでしょう。

ハピネスプリキュア #15 そうだ、ブルースカイ王国に行こう 感想

母の日。
それは子供が年に1度あらたまって、かしこまって、おっかさんに感謝の意を表する日。
そうです、なんだかんだ言ったって、子供はお母さんがいないと何もできないものなのですから、ハイ。
というわけで、いつもはお母さんに対してさんざんにくまれ口をたたいてるかわいげのない悪ガキどもも、この日は、この日だけは、いい子でいましょうというのが母の日の趣旨でして(チガウ?
と、とにかく感謝、感謝です、お母さま。とりあえず今日だけは(ぇ

お母さんが当たり前のようにいて、毎日、当たり前のようにご飯を作ってもらったり、身の回りの世話をしてもらってるお子様たちには想像もできないでしょうが、世の中にはさまざまな理由でお母さんとはなればなれになってる子供たちも少なくないのかと。
ハピネスチャージにおけるヒメルダさんも、その1人でして。
でも、なんか今回のヒメルダさんは、いつものメソメソしてるヒメルダさんではなくて、殊勝でした。
なにかそれが意外だったというか、なんというか(ぉぃ
ヒメルダさんは本当はお母さんに会いたい、けれども会えないのは理解してる、そして、それで悲しむのではなく、とりあえず気持ちだけはあらわしておきたいと母の日のケーキ作りにいそしむのでした。なんかスッゲーけなげだな。

まあ、ここで愛乃さんたちが余計なコトを口にしなければ、ヒメルダさん、今日1日は大使館でブルースカイ王国にいる母をしのびつつ、ほのぼのとして終わったのでしょうが…
そうは桑名の焼き蛤ということで(ぇ
作ったケーキはお母さんに届けなければ意味がないからと。
作ったケーキはブルースカイ王国(いまは幻影帝国の本拠地になってます)のお母さん(鏡の中に閉じこめられてます)に、お届けデリバリーよ、と。愛乃さん。
なんという、むちゃぶり。
と思ってたら、とうのヒメルダさんもその気になってしまうんだな、これが(ぇー
すっかり行く気マンマンなヒメルダさんたちをとがめるリボンさんでしたが、神様ブルーの鶴のひとこえでブルースカイ王国行きが決定(ぇー
ほんじゃ、ちょっくら、ブルースカイ王国に行って、ケーキ届けてきやす、ってことで。
ブルースカイ王国へレッツゴー…3匹(ぇ

まあ、なんだかんだと、いろいろあったけど、幻影帝国は警備が厳しいんだか甘いんだかよくわからなくて、とりあえず目的はなしとげた、めでたし、めでたし、といきたいところですが、そうは桑名の焼き蛤(またかよ
とりあえず神様のミラーゲートは、ねらいをさだめた正確な位置には出現させられないのかと。
多少の、いや、かなりの誤差を覚悟しないとダメっぽいんだな、これが。
だからヒメルダさんがお母さんの鏡の前にケーキを置いたあと、とっとと帰れなかったのでしょう。

うーん、いい話っぽかったけど、それほどでもなかったような気もするのは、気のせいか(感動の母の日物語的な意味で
できれば空耳が、そう、ヒメルダさんには母の声(CV:はんけいこ)の「ありがとう」という声が聞こえた!みたいな描写があったら、どうだったか?とか。
まあ、とりあえずプリカードの販促がらみで、いろんなカッコしてくれたのはうれしかったね。
それにしても、キュアハニーのフォームチェンジでは、なぜかココナッツサンバではなく、使い古しのポップコーンチアだった、なぜだ?
やはりこれは衣装の制作が遅れてるとか、そういうことなのかな?(レインボー造形的な意味で(ぇ

あと詳しい説明はなかったけど、プリキュアのパワーが幻影帝国内では100万分の1(?)というのは、おそらくハピネスチャージプリキュアのパワーの源は周囲の幸せ、つまり周囲がハピネスパワーにあふれてないと、ということなのかと。

さいご、ヒメルダさんが悲しそうに「また逃げちゃった…」と。
でも、三十六計逃げるに如かず、なんて言いますからね。
今回はそれで正解だったなと。うむ。
ヒメルダさんはひとりじゃない、みんなで強くなって、いつかお母さんを助けようと、決意をあらたにするプリキュアさんたちなのでした。
母の日ネタかと思いきや、母の日にかこつけて友情を再確認するお話でした、今回は(ぇ

ハピネスプリキュア #14 そうだ、海に行こう 感想

こんかいの舞台は、海。
そしてプリキュア500回の感謝をこめての出血大サービスということで。
はい、みなさん、お待ちかねの水着回です(ウソ

それにしても、なんだな。
こんかいキュアハニーの第2フォームチェンジが登場しなかったのが不思議だった。
4月の壁紙カレンダーには、しっかりと、しっぽりと描かれていたというのに。
もう5月だぜ。どうなってんだッ!責任者でてこい!!…(本当に出てこないでください、怖いから…ボソリ
どうなんでしょう、東映とレインボー造形企画との間で、なにか手ちがいがあって、衣装がまにあわなかったので、しかたなく今回はフラメンコでお茶をにごしたと、そんなトコ?(ぇ
とはいえ、今回の最後でサンバカードをゲットしたので、次回は、次回こそは、サンバのリズムでキョウリュウチェンジしてくれるって、わたし信じてるぅ。
えっと、フォーム名はなんでしたっけ?そうそう「コスタリカン・ダイナミック・フェニックス」でしたよね(チゲーヨ

さて、そろそろ感想でも書こうかな、ああ、メンドクセー(ぉぃ

まあ、真央ちゃん2度目のサイアークってのはオモシロかったけど。
まだまだですな。
なんていうか、ナツコの夏が描けてなかったような印象だね(ナンダソリャ
ここはひとつ、前回のながれをひきついで、キュアフォーチュンを登場させるべきだったかと。
とりあえず、海に行ったら氷川さんにバッタリって展開で(なんで?
そして愛乃さんが氷川さんに「あーっ、氷川さんだーッ、どうしたの?こんなところで?」みたく、いつものようにずうずうしく、もとい、気さくに話しかけると、、、そうですね、いつもの氷川さんなら愛乃さんには無言で軽蔑感のこもった一瞥をくらわせて去っていくところなんだけど、今回はどういうわけか、ホントどういう風のふきまわしだか、返事をしてくれるんだ、どうしてだろう?(と氷川さん=フォーチュンを匂わせておく
氷川さんは愛乃さんに向かって「大根ほりにでも来てると思った?潮干狩りよ、シ・オ・ヒ・ガ・リ」と、ちょっとひねくれながらも、なんかうれしそう。なんかあったのかな?(と前回フォーチュンがラブリーと力を合わせてその可能性にちょっとばかり心を動かされたことを視聴者に連想してもらう
そのやりとりの、いちぶしじゅうを見ていたヒメルダさんは、今日は氷川さんの機嫌がいいとみて、調子にのってだきつこうとしたら、氷川さんは最小限度のムダのない動きでヒメルダさんにバケツの水をぶっかけてやるのでした。チャンチャン
と、そんな感じの、わきあいあいが描かれてたらなと(ぇ

そうこうしているうちに、プリキュアハンターがやってくる。
前回の、あの暑苦しいかっこうとはうってかわって、今回のプリキュアハンターは海パンいっちょーでした。
でしたので、はじめは誰だか分からなかったという残念なプリキュアさんたちでしたが、プリキュアハンターさんのほうから攻撃してきたので応戦。
ここで会ったが100年目。
こんかいは前回とちがってラブリー、プリンセス、ハニーと3人いるからと少し油断した…わけでもないのですが、やっぱりプリハンターは強かった。
ラブリー、プリンセス、ハニーが3人まとめて鏡の中に閉じこめられそうになる。
と、そのとき、閃光が走り、キュアフォーチュン登場とあいなりました。
よーし、フォーチュン登場なら、もう、だいじょうぶだな、と視聴者に思わせたのも、つかのま。
そうですよね、前回かなわなかったのに、急にこんかい勝てるってのはあまりにも不自然でご都合主義とのそしりをうけかねませんから。
あえなくフォーチュンも倒され、いよいよもって4人まとめて鏡の中に… 万事休す!ってとき、ハイ、ここで真打ち登場です。
神様ブルーが原チャリに乗って海までやってきてくれました。時間かかったぜ
時間かかったのは制限速度30キロのしばりがあったのと、とちゅうで運悪く警官に職務質問されてあやうく警察署に連れていかれそうになったりしてたからです(キリッ
ともかく、虫の知らせがあったというか、なんかヤな予感がして、心配して、かけつけてきたら案の定ってことらしいです神様ブルー。
神様ブルーはプリハンターと対峙するも、まともに戦えるはずもなく、さてどうしたものかってときに、ハイ、そうです、ここで神様ブルーの「必殺技」登場です。
神様ブルーはプリハンターに向かって「俺、死ぬよ、今ここで死ぬから。そしたらアンタのご主人さん怒るんじゃないの?」と、こないだ使った手を、ここでもう一度。
にがにがしい表情をするプリハンターに向かって神様ブルーは続ける。「ここで俺が死んだら、それはアンタのせいだ。そう、アンタのせいで俺は死ぬ。どうですかねぇ〜、アンタのせいで俺が死んだって知ったら、アンタのご主人さん、アンタを手打ちにすると思うぜぇ〜」と。
神様ブルーの言を最後まで聞いたプリハンターは「ちっっ、おぼえてろッ…」と捨てゼリフをはいて帰っていきましたとさ。めでたし、めでたし

そのあと、愛乃さん、ヒメルダさん、ゆうゆう、神様ブルー、それからちゃっかり氷川さんも参加して、やきはまぐりをサカナに一杯やったとさ(ぉぃ

と、こんな感じのお話のほうがオモシロかったかなと。

ハピネスプリキュア #13 巫女さん 感想

1クール終了で、さてこのへんでということで、物語のカギとなる情報を小出しにしてきたかんじの今回。
そうですよね、そろそろ視聴者的にも説明が欲しいころあいですからね。
ただ、それはそれとして、キュアハニーが登場しなかったけど、それで良かったのかな?
まだ4月だというのに早くもキュアハニー強化月間は終了したのだろうか、という素朴な疑問が。
キュアハニーの第2フォームチェンジのお披露目どころか、キュアハニーの登場すらなかったという驚愕の今回。
まあ、今回のお話はキュアハニーをからませるのが難しかったので、おもいきってキュアハニーなしでいこうという判断だったのでしょうが、でも、ハニーバトンの販促そっちのけで、それでいいのか(玩具メーカー的な意味で)という心配はあったね。
それに、どうなんだろう、キュアラブリーとキュアフォーチュンがはじめて協力するもプリキュアハンターには苦戦するというながれなのに、ゆうゆうとヒメルダはなにも知らずに大使館でテレビ見たりしてのんびりくつろいでいました、みたいな展開ってさ。
まあ、ブルーさんとファントムさんのなにやら意味深長なやりとりを描くためには、あそこでハニーとプリンセスが援護に来るのは具合が悪いというのは理解できるんですがね。
こんかいキュアハニーが登場しなかったことで、あれだけ引っぱって登場させたキュアハニーが早くも用済みで、いよいよ物語の軸足はキュアフォーチュンへと移行、みたいな、そんな印象もなくもなかった今回。
ああ、プリキュアハンターさんに、ごはんの歌を聞かせたら、どうなってたか、それがちょっと気になるところだ(ぇ

クイーンミラージュ様とブルーさんがかつて恋愛関係だった、とか、キュアフォーチュンの双子の姉が鏡の中に閉じこめられてる、とか、そういう設定はオープニングソングのときにいっしょにながれる映像の中でほのめかされていたので、とくに驚きはなかったのですが。
今回はっきりそうとは示されてはいませんでしたが、クイーンミラージュ様がぴかり神社の巫女さんで神様のブルーさんを愛していた、みたいな設定は予想もしてなかったので驚いた。
なんかこれでまた、いろいろと妄想がふくらみますな。
巫女が神様を恋慕うのはわりと自然なことかもしれないとしても、神様が特定のひとりの巫女の気持ちに応えてしまうのは禁忌なのかもしれない。
神様とは誰に対しても平等でなくてはならなくて、そして神様が特定の誰かにだけではなく等しく人々に愛を与えることで世界の調和や秩序が保たれていたと考えられる。
それなのに神様は、あるひとりの巫女を特別に愛してしまった。
それが原因で世界のバランスがくずれ、ゆがみが生じ、ひいてはアクシアの箱の封印が解かれてしまった、みたいな話のながれなのかなハピネスチャージプリキュア。
神様も禁忌はじゅうぶん承知していたのだけれども、それでもおさえきれない、つきあげてくる愛の鼓動から自制できなかったのだろう。
恋は盲目とは、よくいったものだ。
しかし神様の職務放棄ともいえる行動に、事態が想像以上に悪い方向へとすすんでいき、さすがにこれはいかんとあわてた神様は一方的に巫女との縁を切ってしまう。
だが、巫女との縁が切れたからといって、いままでのことがなかったことになるわけでもなく、世界が自律的にバランスをとりもどすことはなかった。
それどころか、なんの落ち度もなく一方的に離縁させられた巫女の、すさまじいまでの怨念が事態をさらに悪化させ、世界はあらぬ方向へとねじれていくのであった。それが幻影帝国誕生というわけです。
と、そんなかんじかな。
とりあえず巫女であったクイーンミラージュ様はけなげな女心をふみにじった神様であるブルーさんを、亡き者にするだけでは気がすまず、生けどりにして忠実なるしもべにして、とことんはずかしめてやろうと考えているのだろう。
そして、おそらく、いずれブルーさんは自責の念に耐えきれず、みずからすすんでクイーンミラージュ様のもとへとおもむくという展開になるはず。
そこでクイーンミラージュ様はブルーさんに汚い言葉を浴びせたり、ムチでこれでもかというくらい叩いたり、かかとのとがった靴で弱い部位を踏みつけたりと、そんなかんじにブルーさんをいたぶるのだが…
だがしかし、それでもクイーンミラージュ様の心はけっして満たされることはなかった。
それどころか、どんなひどい仕打ちにも抵抗せず素直にしたがい、みそぎとして受け入れようとするブルーさんの姿にイライラするクイーンミラージュ様なのでした。
そこらへんのクイーンミラージュ様の複雑な心境が、終盤の物語の進行に影響するのかなと。
クイーンミラージュ様は悩む、どうすればこの悩みから解放されるのだろうかと。
悩みぬいて、さいごクイーンミラージュ様はブルーさんを許すことにするのでしょう。
クイーンミラージュ様は気づくのでした、ブルーさんを許すことで自分は救われると。
ブルーさんを許そうと決意したクイーンミラージュ様の心は急に晴れやかになり、と同時にクイーンミラージュ様は巫女さんの姿へともどるのでした。めでたし、めでたし…
と、そこで、そうはさせじとディープミラーが… って展開だろうな

ハピネスプリキュア #12 めぐみプリキュア失格の危機 感想

なんかこう、もっと愛乃さんのキャラを深く掘りさげる回かと思いきや。
そうでもなくて。
いがいとあっさりしてた印象。
愛乃さんのキャラ立ては、むずかしいのかもしれない、うむ(ぇ
ってゆーか、愛乃さんの成績が学年ビリという設定、それってどうなんだろう?
ようするに愛乃さんはバカなキャラなんだよ、と、そう印象づけたいのかな、ひでぇー話だ。せめてクラスでビリくらいにしといてあげてよ(ぇ
にしても愛乃さんてもともと他人を応援するキャラじゃなかったっけか?さんざんコミュ障のヒメルダさんのケツたたいて友達できるようにとハッパかけてたような気もするんだが、勉強がんばれと自分で自分を応援するのは難しいのかな?愛乃さん。
まあ、ひとにはがんばればなんでもできるとさかしらに言ってても、いざ自分のこととなるとできない、なんてことは、わりとありそうなかんじではあるのだがな。
ところで誠司くんが学年2番で、じゃあ1番は?っていえば、そうですね、氷川さん、氷川いおなさんでしょうね。
もし氷川さんがプリキュアだったら、学年1番でも学年ビリでも、プリキュアになれるってことになって。
つまり学力はプリキュアには関係ありませんってことになってしまいますね。はてさて

それにしても今回は、ようするに、赤点とりました、でもがんばって勉強して追試は合格でした、めでたし、めでたし、ってな感じのお話で、なんのひねりもなく、残念でした(ぇ
赤点だとプリキュア活動禁止ってのも、不文律というか、ブルーさんがその場のおもいつきで口にした様子でしたし。ってか、恋愛禁止ってのも、べつに正式な規則でもなんでもなくて、たんにブルーさんがそう言ってるだけっぽいんだよな。
閑話休題。
今回の野球のネタも、イマイチというか、なんだかなーな感じでしたし。
勉強は、やくにたつとか、たたないとか、そういうことじゃなくて、課題として与えられてるから、やるだけのことだとおもうよ。だから何のための勉強か?なんて疑問におもうだけ時間の無駄だとおもう。
というわけで、終わってみると、なんとも薄味なお話だったかも(ぇ
できれば、そう、友人たちの支援むなしく追試に不合格だった愛乃さんはうなだれて、それから「誠司、これからはあなたがキュアラブリーやってね(ボソッ」とだけ言い残し、誠司くんにプリチェンミラーとプリカードを置き土産として託したあと、誠司くんたちには一瞥も与えずいちもくさんに走りだしてその場を去り、ゆくえをくらます愛乃めぐみ、そして次回につづく、みたいなシリアス展開だったらなと(ぉぃ

それにしても次回予告のイケメンが気になりますな。自称・プリキュアハンターだそうで。
公式HPによればブルーさんが愛乃さんをデートに誘うらしくて…
ブルーさんもある意味プリキュアハンターじゃね?みたく思ってしまった。
運命のプリキュアが立ちはだかるとか、なんとかで、ああ、これはいよいよ誠司くんがキュアデスティニーに…(ネーヨ

ハピネスプリキュア #11 田植え 感想

なんかハピネスチャージ的には、こないだ浴衣着ての夏祭り回やってるから、田植えの季節は過ぎてる感じもしないでもないのだが…
気にしちゃいけないのだろう。たぶん
これは、そう、アニメではよくある各話エピソード間の矛盾点をご都合主義的に視聴者各位に解消してもらう手法というか、時空の「パラレル」みたいなものだと解釈しときます(ぇー…ワケワカラン

さて、それは、さておき。
ハニーですよ、ハニー。
そうです、マンをジしての登場とあいなりましたキュアハニー。
今月、4月はキュアハニー強化月間なのです。
テレビコマーシャルの販促もチカラ入ってましたから、あのハピネス注入棒ならぬハニーバトンもどんどん売りさばかないと(ぉぃ

それにしても、ハチミツが好きだからキュアハニーと命名しましたとか、いまいち説得力ないなと。
つーか、祖父母が農家なのは良いとしても、できれば養蜂農家で、それでキュアハニーにしました(キリッ!)のほうが説得力あったと思うよ(ぇ
ゆうゆうはご飯が大好きなんだから、キュアライスとかキュアオニギリとかそういう名前だったら納得だったのだが…(カッチョワルイケドナ
あと、キュアハニー担当の妖精がいないのが気になるな〜と、。
あっ! まさか、すでに戦死してるとか…キュアハニー担当の妖精さん。
だとしたら、これは辛気臭子さんへのリスペクトか(ネーヨ…たぶん

それにしても、ブルーさんとゆうゆうがすでに知りあいだったとか。
ブルーさんは気まぐれに世界各地へおもむいて、あたりかまわず、だらしなく下半身を露出して、股間から愛の結晶を飛ばしてプリキュアを製造してました、とか(違うか?
それから、ゆうゆうはあろうことか神様であるブルーさんを使いっパシリにして、インドまで行かせて、カレー粉を買いにいかせてたとは…
ゆうゆうはオヤジ転がしが得意とみた!(ぇ
なんだよ、それ!
もうメチャメチャな感じだな〜

などなど。
まあ、ツッコミどころは満載だったのですが…
地味にヒメルダの感情の変化を描きたかったのでしょうね今回。
ヒメルダはゆうゆうが好き。だけど、ゆうゆうがキュアハニーだということをずっと秘密にしてたことに少し不信感と嫌悪感をいだいてしまう。それはヒメルダがゆうゆうを本当に好いているからで。ゆうゆうがヒメルダにとってどうでもいい人だったら、そんなことは思わなかっただろうし、気持ちがモヤモヤしたりもしなかったのでしょう。

それにしても、なんだかなー。
ゆうゆうのキャラがあまりにも変わりすぎてる印象が強いかな。
それと、キュアハニーであることを隠してた理由も、なんだかなーな感じもしないでもなかったし。
でも、深刻な理由で隠してるというシリアス展開はハピネスチャージにはそぐわないと判断した結果なのでしょうかね。
まあ、それはそれで、なんかこう本当はもっとずっと隠していたかったのだけれども、目のまえのピンチがそうさせてくれなくて、やむにやまれず愛乃さんとヒメルダの前で変身してしまう、みたいな王道展開じゃないのが新しいといえば新しいんだけどね。

おそらくシリアス展開は中盤以降に、愛乃母の病気が悪化して、そこで事件が起きると、にらんでます。

ハピネスプリキュア #10 アンコールはいかが? 感想

いまになって第1話で、学校帰りの愛乃さんが「つーよいぞッ、プーリキュアっ、むーてきだッ、わっしょい♪」とか歌ってて、それを背後でうれしそうに聞いていたゆうゆうの気持ちが理解できるな。うむ。

ゆうゆうの趣味は作詞作曲のようです。
なんか、ゆうゆうは家のお手伝いとジョギングと飴玉作りと、あと、ごはんイッパイ食べることしか興味ないのかと思ってたよ。
意外だったな、作詞作曲ってのは。
これは、そうだな、ゆうゆうはフォークギターを持ってるとみた。
なんか独学でフォークギターをマスターして、そして作詞作曲を、って感じだな、昭和40年代っぽく(ぇ
ゆうゆうもギターでFのコードをキレイに押さえられるようになるまでには苦労したとみた!(あるある

それにしてもキュアハニーが手にする e-pitch というか、e-kara(?)は、ずいぶんと長いですな。
つーか、マイク機能を持つバトンらしい、しかも2つに分割できてあたかも音撃b…ちがう、ミラクルベルティエですね。
ようするにベルティエにマイク機能を搭載したと、そういうことかな(ぇー
それにしても、なんだな。
キュアハニー、必殺技のオンパレードで、調子こいてたな(ボソリ
でもまあ、かわいいから許す。かわいいから許す。かわいいは正義。かわいいはキュアハニーですもん!

まあ、キュアハニーのくわしいネタばらしは次回に、ということらしいケド。
こうなるとそうだな、キュアラブリーがいちばん最後にプリキュアになったっぽいんだよね。じつはキュアラブリーが最後の追加戦士だったという…そ、そんな…(ガクガクブルブル
つーか、今作では従来の追加戦士という概念がなくて、それぞれがそれぞれに活動しているプリキュアたちがしだいに集まってチームを組んでいくみたいな感じなのかな。
ぎゃくにチームを脱退してソロで活動するようになって、でもまたどこかのチームに加盟ってプリキュアもいたりするのかもしれないし…
まあ、プリキュアは世界中にイッパイいるという世界観なんで、そういうながれになっても不思議ではないな。
となると最終決戦では世界中のプリキュアが一同に集結して幻影帝国と大激闘という展開になるとみた!(あるある

ハピネスプリキュア #09 ごはんの歌 感想

キュアリズムさんマジ天使。
今回の挨拶だけ見たら「なんて品が良いお嬢さんなんだろう」と、そんな感じですが。
ところがドッコイ。
じつは癇癪持ちで、なにより肉球フェチという特異な性癖の持ち主なんですよね。
ああ、ひとは見かけで判断できない、とは、まこと真理じゃのー(ぇ
そんなキュアリズムさんが大好きです(キリッ

さてさて今回は、空手道のなんたるかを説くお話かと思いきや、さにあらず、さにあらず。
空手に関しては、サイアーク要員を登場させる必要があったのと、あと、氷川さんちが空手道場だということを視聴者に知らしめるためだったと、そんなとこかな。
まあ、空手に関しては、防御が大事!みたいなコトが誠司くんの口から発せられてましたが。
そういえばキュアハニーさんも同じことを… (゚o゚;) ハッ
そういえばキュアハニーさんが去った直後、入れ替わるようにして誠司くんがあらわれて「いまの、おまえたちの仲間かぁ?」みたいな、とぼけたこと言ってましたよね。
これは、あやしい。
誠司くんがキュアハニーくさい…(あるある
とはいうものの、あの歌が「おおもりご飯」のイメージソングっぽかったので…
キュアハニーは、ゆうゆう、なんじゃね?って説も出てきそう。
わからん、じつに、わからん。
考えれば考えるほどに、わからんちん。
頭の中が、こんがらがっちまう。
(-_-*;ウーン…… (゚o゚;) ハッ
そうか、キュアハニーは、ゆうゆうと誠司くんが合体して… そうか、そうか。
なんかさ、ゆうゆうと誠司くん、ふだんからあやしいですよね。よくジョギング中に会ってますし。
これはもう、ゆうゆうと誠司くん、デキてるとみた。そして二人の愛が高まったときにキュアハニーに変身するんじゃないだろうか。
具体的には、ふたりが抱擁し接吻する、すると変身アイテムが登場して…みたいな…
やだな、やだなー。そうゆうの、やだなー。

まあ、それはそれとして、ゆうゆうにはプリキュアになって戦う理由はありますよね。
それは、ゆうゆうの家が狙われてる、ということで。
お弁当屋さんが狙われてるから。
ゆうゆうにとって、お弁当屋さんは命のつぎに大事なんです。たぶん
お弁当屋さんを守るために戦う。
それにはまず、お弁当の良さを敵さんに知ってもらうことが大切なんだと、ゆうゆうは思ったのだろう。
だから、あの歌。
敵さんがお弁当の良さを理解したら、どうしてお弁当屋さんを攻撃しようとするでしょうか。
キュアハニーのあの歌にこめられた想いや願いは、そう、お弁当屋さんを壊さないで、そしてお弁当買ってね、ということなんだろう。

ハピネスプリキュア #08 お祭り。あとの祭り。 感想

なんでもかんでも友情さえあれば乗り切れる、そういう考えは、あやうい。
それは、友情という信頼関係とて絶対的なモノではなく、ときに非情な裏切りもあるということなのだろう。
氷川さんも信じていた誰かに裏切られた経験があるのかもしれない。
だから友情、友情と浮かれてる、めぐみとヒメルダを危なっかしく感じたのかと。

氷川さんいわく、未来の可能性はひとつじゃない、と。
そして、めぐみとヒメルダの未来は、あまたある可能性の中で、今いちばん最悪に導かれそうだとも。
これは、おそらく、いまのままでは最悪の未来になってしまうから、心構えを改めよ、という忠告だったのかも。
つまり友情のなんたるかについて、もう一度よく考えてみてくれというメッセージだったと。
にもかかわらず、めぐみとヒメルダは自分たちに都合の悪い占い結果は無視しようと結論づける。
うまくいってるときは他人の忠告なんて耳に入らないのでしょう。

いつもどおりに友情パワー全開で、プリキュアとして戦うラブリーとプリンセス。
だがしかし今回は、落とし穴があった。
サイアークが2体いて、不意打ちをくらってしまう。
絶体絶命のピンチ。
最悪の未来という占いが、はやくも現実のモノになりそうに…
と、そのときキュアフォーチュンがあらわれて、なんとかかんとか、ことなきをえた。
キュアフォーチュンはキュアラブリーに「キュアプリンセスを信じてはいけない。さもなければ災難が…」と忠告する。

めぐみにふりかかるであろう災難とは、おそらく、病弱な母になにか事件が起きるってことかな。なんとなく。
キュアプリンセスにもなにか秘密がありそうな雰囲気だった。
キュアフォーチュンがキュアプリンセスを疫病神あつかいするのも、たんなる言いがかりではないような感じだし。
いろいろ謎ですね。

ものごとは、ひとりでなんでもかかえこんでしまうよりも、複数人でたちむかったほうがウマクいく場合も多いのでしょう。
しかしそこに信頼関係がなければ、協力しようという気持ちが生まれず、的確な役割分担も決まらず、たくさん人が集まったところで烏合の衆になってしまい、ウマクいかないのかも。
めぐみとヒメルダの信頼関係が友情で、その友情のおかげでプリキュアの合体技が使えるようにもなった。
また、友情という信頼関係があるからこそ、どちらかが少しキケンをおかしてでも敵をひきつけておいて、味方の攻撃を支援することもできたりするのでしょう。
そんなぐあいに信頼関係がウマク回ってるうちは、たしかに友情パワーは最強なのかもしれません。

ところが信頼は、ときとして裏切られてしまうことがあります。
信じていたのに裏切られたら、精神的ダメージは大きいですよね。
そしてその信頼が大きければ大きいほど、裏切られたときのショックもまた大きい。

けれども相手に裏切るつもりがなかったのに、結果的に相手に裏切られてしまった、という場合もあるのかなと。
つまり、こちら側が相手に期待しすぎて、でも相手は諸事情でそれに応えられなかったというようなケース。
もしかしたらキュアフォーチュンのキュアプリンセスに対する感情が、それなのかもと。

友情に限らず、信頼関係って難しいですよね。
どこまで相手を信じていいのか、どこまで相手にもとめていいのか、そこらへんのあんばいが、難しい。
とくに親しくなればなるほど、ついつい相手に甘えてしまうこともあるでしょうしね。
でも、どちらかが相手の気持ちを負担に感じるようでは、それは信頼関係とはいえないでしょう。
たがいに相手への理解を深めなければ、信頼関係も深まらないのでしょう。
相手への理解不足からくる、気持ちのすれちがいというのはまま無意識のうちにあるとおもう。
友達なんだからこのくらいはやってくれるだろうとこちらが期待しても、いや友達でもそこまではできないと相手は思うかもしれないし。
そうやってギクシャクすることもあるのかもしれない。
そうしてそのまま友達関係が終ってしまうなんてことも、あるのかもしれない。
あるいは終わらせないで、どちらかが、あるいは双方が、なんとか誤解をとく努力をするかもしれない。
そのばあい大事なのは、とにかく誠意を見せることかもしれない。
これからも互いに対等な信頼関係をつくっていきたいという率直な気持ちが伝われば、よい方向にむかっていくような気がするんだ。
というか、それがなければゼッタイうまくいかないと思う。

ハピネスプリキュア #07 ふたりでひとり 感想

またしてもヒメルダのメイン回でして。
これは女児様たちがヒメルダに感情移入して楽しんでもらうためでしょうか。
そして保護者様であるお母様方には、めぐみとリボンに感情移入してもらおうと。
そんなかんじかな。

今回は、ヒメルダが娘で、めぐみとリボンがその母親で、っていう構図だったようです。
つまり、娘さんが思いつきでお母さんのためになにかしてあげたいなと行動するも、それを見ていたお母さんがよけいな心配をして横から口を出したり手を出したりするものだから、娘さんは不機嫌になってしまった、みたいな、そんなかんじのお話。

まあ、お母さんに悪意はないのだろうけれども、どうなんでしょう。
あぶなっかしい娘に対してついつい容喙したくなるというのも理解できなくもない。
でも、娘にしてみれば、自分ひとりでがんばろうとしてるところにチャチャをいれられて、おもしろくないことこのうえないわけで。
そうだね、ここはひとつ、ケガをしない程度に失敗してもいいから、娘さんの気のすむようにやらせてあげて、お母さんとしてはさりげなく生温かい目で見守ってあげるというのがイチバンなんでしょうけど。
なかなか、どうして。自分の子どものこととなると、むずかしいのでしょうかね。

今回、めぐみとヒメルダは、ケンカというほど深刻でもなかったけれど。
たがいの気持ちのすれちがいみたいなことを経験したあと、ほんとの気持ちをぶつけあえて、もっともっと仲良くなれたというのは素敵ですね。
プリンセスはラブリーに「いつも守ってもらってばかり…」と、ひけめを感じていた。
それにたいしてラブリーは「プリンセスがいるから私は戦えるんだよ。」と、「強くなれるんだよ。」とも。
するとプリンセスは「わたしもラブリーといると自分が強くなってる気がする。」と。
これはそう、プリンセスを娘さんの名前に、ラブリーをお母さんに、それぞれおきかえてみると、つまりはそういうことです。

けっきょく、「プリンセスとラブリー」、「娘と母親」、おたがいが協力すれば、より良い方向へと進んでいける、みたいな、そんな結論だったんでしょうか。
相乗効果。友情も、愛情も、一方通行ではないのでしょう。
母親が娘を育てるのは当たり前ですが、母親もまた娘に日々の生活の中で自然と教えられて成長していく、そんなかんじでしょうかね。

こんかいヒメルダは自分ひとりの力でケーキを作って、めぐみを驚かせて喜ばせたいと考えていたのだろうけれども、ほんとうはそれが難しいことも分かっていたかんじもする。
だから、最後、めぐみとリボンに焼いてもらったケーキのスポンジにヒメルダがデコレーションして完成というのが良かった。

ヒメルダは自分がめぐみのやくにたつとこを見せたかった、そしてヒメルダ自身の自尊心をも満足させたかったんだ。
そんな感じに、世のお母さん方も、ときには娘さんの気持ちをくんであげて、子供あつかいしないで、ひとりの人間として対等に見つめてあげることも大切なんでしょう。そうすれば娘さんとの信頼関係も増すような気がします。

ハピネスプリキュア #06 おおもりご飯で、元気もりもり 感想

今回は、じつに分かりやすい、教育的な内容でした。
ようするにリボンがお母さんで、ヒメルダがその娘で、みたいな、比喩的な内容でした。

まずは、好き嫌いする娘を母親がたしなめる、すると娘は逆ギレしてトンズラという、まあ、よくある話ですね(ぇ
逐電したはよかったが、それで空腹がみたされるわけもなく、とほうにくれるヒメルダ。
だがしかし、天はヒメルダを見捨てなかった。
ヒメルダはゆうゆうと邂逅。
そこでいつものようにアメチャンをねだるも、ふだんは用意周到なゆうゆうなのにこのときばかりはなんとアメチャンの持ち合わせがなかったという悲劇、ヒメルダ意気消沈。
さしものゆうゆうもジョギングのときはさすがにアメチャンもってなかったのでした。
これを機に、ゆうゆうはジョギング中にもアメチャンをせがまれても大丈夫なようにと、ジョギング前にはかならずジャージのポケットにアメを1個しのばせておくことに、することにしたかどうかは知らないが。
とにかく、ゆうゆうは空腹のヒメルダを拉致して、自宅へ連行、お弁当をあてがう。
そうして満腹のヒメルダでしたが、そのあと、食べたんだから働けと、弁当屋での強制労働がまっていた。
教訓。世の中にタダ飯はない。

ここでヒメルダは、自分はいつも食べる側だったが、いざ自分が作る側にまわってはじめて料理のなんたるかを知ることになる。
いつもは出されたモノを文句言いながら食べるだけだったヒメルダ。
ジャガイモの皮むきをしただけなのに、ゆうゆうの説教もあってか、料理する人の愛情、苦労、などなどを理解できた。
そうですね。これは、そう。お母さんは自分の娘さんに積極的に料理の手伝いをさせましょう、というメッセージだったのかと。
さすれば娘は母の料理にこめられた愛を自然と理解できるようになりますとな。

ハピネスプリキュア #05 幸せは、いったいどこにあるというのだろうか? 感想

第1話で、愛乃母は病弱なのかな?と思ったけど。
第2話以降では元気そうだったので、なんだ第1話ではたまたま風邪でもひいてたのかと思ってたけど。
なんと今回、めぐみさんの口からハッキリと愛乃母が病弱なんだと告白されてた。
いわく、無理して元気そうにふるまってるだけなんだと。
そうか。だから誠司くんに「カオリさん」とよばせて、おどけてみせたりするのも、誠司くんに心配かけないためなんだ。
そして、みんながいなくなって、ひとりになったとき、泣いているんだ、愛乃母。うわぁ

これって、なんかリアルな設定だなと。

病気の人って、2種類あるような気がする。
まずは、とにかく自分が病人であることを周囲にアピールして優しくしてもらおうとするタイプ。
かたや、周囲に心配かけないようにと自分の病気をできるだけ隠そうと無理してしまうタイプ。
愛乃母はどうやら後者のほうですね。

これはもう中盤以降の展開が読めてしまいます。

愛乃母は自身が病気であることは難儀なことだとは認識してるものの、だからといって不幸ではないと信じてるようだ。
だからこそ病気を理由に、あれもできない、これもできない、ああ私ってかわいそう、みたいな態度はとらないのだろう。
むしろ、病は気から、みたいな思考で、だからこそ今自分にできることをガンバロウみたいな感じで、病気なんかふきとばしてしまおう、みたいな感じなのかも。

でも現実は甘くありません。

そりゃ、気の持ちようで治る病気もあるでしょうが、治らない病気だって多いはずです。

いずれ愛乃母の病状が悪化するのでしょう。
病状が悪化すると、いままでのように元気なフリをすることも困難になってきます。
それでも無理して元気でいよう元気でいようと無理を重ねていくと、ますます病状が悪化していくという悪循環に。
そうして、ある日とつぜん倒れてしまう愛乃母が描かれるんだ。

そして、そこを幻影帝国につけこまれてしまう。
幻影帝国は愛乃母に問う、「どうよ。幸せなんて幻想だっただろ?」と。
愛乃母は今自分がおかれている現状をかんがみると安易に否定もできず、かといって、幸せも生きる希望も否定したくはなくて、そうするうちに、うなだれて、だまりこくってしまう。
心がゆれる愛乃母にここがおしどころと認識する幻影帝国は、愛乃母にあれやこれやと例をあげて容赦なく幸せの幻想性を説く。
すると、しだいに愛乃母も気持ちが傾いていく。
そして、とうとう、愛乃母は幻影帝国にとりこまれてしまう。
愛乃母は幻影帝国に連れていかれ、怪人イラナイワーにされてしまう。

実母が幻影帝国の側についてしまったキュアラブリーは「どうしよう…お母さんとは戦えない…」と悩むんだ。
そんな鬱な展開が中盤以降に待ってそうだ。
そして、プリキュアたちがどうやって愛乃母を救い出すのかが、みどころ。

ハピネスプリキュア #04 ヒメルダ学校に行くの巻 感想

ヒーメヒメ、すきすきだいすき、ヒメ!、ヒメ!(弱虫ペダル的に
こんかいのヒメルダさんが、かわいすぎた。

まあ、ストーリー的には中学生日記っぽかったですがね…(ぇ

学校。
そこは国語や算数といった科目の勉強だけでなく、社会性やコミュニケーションをも勉強する場所なのです。
学校は人がたくさん集まる場所で、しかも、けして周囲の人たちに無関心では過ごせないという恐怖の村社会(ぉぃ
なので、人とのコミュニケーションが苦手だと、学校生活が苦痛になるのは、しごく当然というもの。
とくにヒメルダさんは知らない人が怖くて苦手ですから、はじめは困惑するのも無理はないのでした。

とはいえ、ヒメルダさんは、人が嫌いというわけでもなく、むしろ友達がたくさん欲しいとおもっている。
まあ、ヒメルダさんのイメージする「友達」という概念に、じゃっかんの不安はあるのですがね。それはそれとして、おいといて。
ともかく、友達が欲しい、でも、うまくいかない、どうしていいのか分からない、もうイヤだ、となってしまうヒメルダさんでした。

転入生ということで注目されてしまい、クラスの子たちも悪意はなかったのだろうけれども、クラスの子たちのわいわいがやがやがヒメルダさんには負担になってしまう。
クラスのみんなの雰囲気にのみこまれそうになり、自分のペースをつかめないヒメルダさんは自分をみうしないそうになる。
そして、もう学校なんてやめて大使館にひきこもりたいと考えてしまう。
そんなとき大森ゆうこさんがあらわれて…ハァハァ

大森ゆうゆうが良い子すぎた。
そうですね、ヒメルダさんみたいな子にはあまり大勢で積極的に働きかけないで、一人でそれとなく近づいてって、飴をあげたり(ようするに食べ物で釣る)して警戒心をといてあげて、とにかく相手のペースで心を開けられるようにもってってあげるとよいのかもしれない。
まあ、ヒメルダさんも甘えてるっちゃ甘えてるんですけど、なかなかどうして、ときには大森さんみたいな子も必要なのかなと。
ふつうなら「もう、あんな変なヤツ、ほっとこうぜ」みたいになりそうなところで、ねばりづよくヒメルダさんに近づいてってくれたゆうゆうがマジ天使だとおもた。
なんかこう自分をうまく表現できなくて、あいてに誤解を与えてしまう人ってのはいるのですが、そういう人も見放さないでくれる、ゆうゆうは良い子です。
でも、ゆうゆう、男子にキャンディーあげるのは、やめたほうがいいでしょう。勘違いします。最悪ストーカーになって、最悪…ゲフンゲフン

めぐみもゆうゆうもヒメルダさんのこと心配してたのは同じだったけどアプローチのしかたが違ってて、やはり友達は複数人いないとダメなんだなとおもった。
ああ、あと、あの悩める男性教師さんもただのサイアーク要員として登場したわけでもなくて、ヒメルダさんに気持ちの切り替えを促してくれてたようで、よかったです。
いろんな人たちから少しずつチカラをもらって、少しずつ成長してってくれそうな予感なヒメルダさんでした。

ハピネスプリキュア #03 サムライフラメンコじゃなくてチェリーフラメンコ登場 感想

幼馴染で家がお隣りさん。これはもうフラグです。さいごはくっつきます、めぐみさんと誠司くん、まちがいない。はじめはよくケンカしたり、気持ちがすれちがったりするんです、幼馴染男女って設定は。

でも、なんかこう、もっと昭和っぽくするには、同じマンションでお隣りさんというのではなくて、もっとこう男女の幼馴染どうしってのは一軒家どうしでお隣りさんじゃなくっちゃダメな気もする。そして、なぜか都合よく互いの部屋が家の境界をはさんで向かいあってるって設定が昭和の定番だと思うんだよ。

今回はたまたま誠司くんが自分とこの部屋のベランダにいて、それに気づかずめぐみさんは自分とこのベランダでヒソヒソ話してるのをたまたま聞かれてしまう、みたいな展開だったけど、それって昭和時代っぽくないね。そうではなくて、そう、たがいの家は一軒家で、たがいの家の物干しは家の境界をはさんで向かいあっていて、めぐみさんが自分の家の物干しでコードを延長した黒電話で電話してるのを誠司くんが自分ちの物干しに洗濯物を干していたら偶然に聞いてしまう、ってのがまさに昭和。だろ?

そうですね、昭和時代のマンガやアニメの世界では、幼馴染男女は家が隣りどうしで、それぞれ自分の部屋の窓から顔を出すとやっぱり相手が自分の部屋の窓から顔を出して、おしゃべりしたり、ときにはケンカしたり、コミュニケーションできたのです。そう考えると今の、誰もが携帯電話を持ってる時代はツマンネーなと。

さて、前置きは、このくらいにしましょう。

愛乃母である「かおりさん」は、どうやら病弱ではなくて、第1話ではたまたま具合悪かっただけのようですね。
しかも愛乃父も健在ということで、出張中なんだそうで、商社勤めか?
あんがい金持ちなのかもしらんな、愛乃家は…(ボソリ
じつは愛乃家に関しては勝手にいろいろ妄想してたのでビックリしました、今回いろいろ分かって。
ところでハンバーグを作ってたのは桃園さんへのリスペクトだろうか。

めぐみさんと誠司くんがいっしょにお皿洗ってて、夫婦っぽかったな〜
チャーミーグリーンを使うと手をつなぎたくなる(キリッ

ホッシーワさんが、かわいいですわ、巻いた髪とか。
「他人の不幸は蜜の味」とか言ってたけど、それキュアハニーが悪堕ちしたときのキメゼリフにとっといてやってほしかったわ、マジで。

誠司くんがチョイアークにビーム的な攻撃をされたんだけど死ななかったのは、殺してしまうと誠司くんが楽になってしまうので殺さずに中途半端に生かしておいて不幸にしてやろうという腹づもりだったのだろう(ぇ

ラブリーがチェリーエナジーロックオンソーダーでフラメンコに変身して、これでラブリーこと愛乃・フラメンコ・めぐみがフラメンコ星人だということが明らかに(ぇ
なにげにキュアフォーチュンとフラメンコダイヤの中の人が同じってのは偶然ではなかったのだろう。

イケメンブルーが「恋愛はうまくいってるときは良いが、そうでなくなったときにタイヘンなことになるよ」みたいなこと言ってたけど、あれは自身の経験談かなと。
おそらくイケメンブルーとクイーンミラージュ様は恋仲だったんだけど、おそらくディープミラーの横恋慕がはいって、おそらくディープミラーが「イケメンブルーが悪口言ってたぜ…」みたいなことをクイーンミラージュ様に言って、クイーンミラージュ様はそれをまにうけてしまって、みたいな感じじゃないかな、オープニングからさっするに。
ディープミラーの正体は、おそらくイケメンブルーの兄貴で、ブサメンレッドだろう。

では、また来週…

ハピネスチャージプリキュア! #02 あめちゃん食べる? 感想

アクシアという箱も、玩具として発売されるのだろうか?(ぇ

ディープミラーさんが真のラスボス臭いな(あるあるw

ゆうゆう特製ハニーキャンディー、、、ハニーって、おまw…

などなど、いろいろ思うところはありましたが…
こんかいは、負け癖がついて自信をなくしているキュアプリンセスが、通りすがりのサロペット美少女から飴ちゃんをもらったり、キュアラブリーこと愛乃めぐみさんになぐさめられたりして、しだいに自信をとりもどし、みごと初勝利するというお話ですた。
おだてればデキる子、キュアプリンセスさん。
子供は、ほめて伸ばそうというメッセージだったのかな?今回は。。。

うーん。ヒメルダさんの逃げ足の早いのが、おもしろかったし。愛乃さんの探偵オペラばりのコスプレも、いい感じだったんだけど。なんというか、そう、今回は販促に軸足が置かれてた印象が… いや、販促は大事です。商品が売れなければスポンサー様から制作費がもらえなくなって番組も続けられませんから。そういった意味で主として利益率が高そうな、カードを売りまくりたいなというのが伝わってきたのは好印象でした(ぇ。。。けっして皮肉ではありません。販促というシバリがあるなかで、いかにして良い作品をつくっていかれるかが大切なんです。

大森ゆうこさんは、今回みたいな感じで、確実に毎回ちょろちょろと登場してって、3月ごろにメイン回というかプリキュア・デビュー回が用意されてるんでしょうかねぇ〜、もちろんまだキュアハニーだって決まったわけではないのですが。オープニングであれだけがんばってるわけですしね〜。まあ、エンディングで声の出演が紹介される順番は前回は3番目でキュアフォーチュンさんよりも上だったのに、なぜか今回は妖精なんかよりも後回しでゲストキャラの真央ちゃんよりも下になってしまってますが、それはそれ、これはこれ、って感じで(なにが?

で、キュアフォーチュンさんは夏頃まで出番ないのかも、って予想してますが(ぇー

ハピネスチャージプリキュアのオープニング映像について

ハピネスチャージプリキュアのオープニング映像は、なかなか良い。
まずタイトルロゴがドーンと出るまえのだんかいでの、4人で手をつないでクルクル回ってってトコも良いのだけれど。

個人的にイチバン好きなのがココ↓
furikaeri
フォームチェンジを重ねながら、ハニー、プリンセス、ラブリーと変化しながら、振り向いてくるのが、すごく印象的で好きです。

さらに、ハピネスチャージプリキュアのオープニング映像は、なかなか基本も押さえていて、にくいです。

タイトルロゴがドーン!!
000

窓際じゃないけど、軽く黄昏てみるぅ〜
001

ふとなにかに気づいて空を見上げるぅ〜
002

登場人物の紹介コーナー
003
ひーとーり〜
004
ひとり、ちゃんと〜
005
キャラ立てて〜
006
映してあげてねェ〜

ほら走ってるよォ〜
007

足をあげてるよォ〜(ぇ
008

振り返ってみたぁ〜
009

向き合って立ってみたぁ〜
010

制作名が出るから、みんな整列ぅ〜
011
スタンダーップ!

ねっ、オープニング映像の基本に忠実でしょ?(^_^)ニコニコ

ハピネスチャージプリキュアという物語の今後を予想する

ハピネスチャージプリキュアは、みんなを幸せにしようという物語なのだろうけど。まず、幸せにするというのはどういうことなのかをハッキリさせておかないと、なんだかよくわからなくなってしまうでしょう。幸せの本質とは、お金持ちになるとか、社会的地位を得るとか、そういうことではないように思います。幸せとは、その人がああ幸せだなと感じるということで、まったくの個人的なことなのです。だから誰かが世俗的なモノサシをもちだして、あの人は幸せだの、この人は不幸だのと、勝手に決めつけたとしても、じっさいどうなのかは分からないのです。つまり、その人が幸せだと感じていれば、その人は幸せなわけで、だれかが口をはさむのはよけいなお世話というわけです。というわけで、ハピネス注入というのは、ようするに幸せを感じられるようお手伝いしてあげるというだけのことです。では、どうやってお手伝いしてあげられるのでしょうか、というのがテーマのひとつだとおもっています。

主人公の愛乃めぐみが第1話から精神的に強いキャラクターとして描かれているのは、母が病弱なのと関係がありそうだ。病弱な母のために娘は精神的に強くなろうと日々がんばっている。でもそれは、ある面、無理して精神的に強い自分であろうとしていて、弱さを口にしてはいけないと自分で自分をしばりつけているのかもしれない。そして、あるとき、がんばりきれなくなった愛乃めぐみの姿が描かれ、でも友達たちに支えられて自分をとりもどし、またもとのがんばる愛乃めぐみにもどっていくというのも描かれるかもしれない。それから、とにかく病弱な母のためにがんばろう、母のチカラになってあげよう、母の負担にならない良い娘でいようと愛乃めぐみががんばればがんばるほどに、母にとって娘が負担になっていくというような皮肉が描かれたとしたら、どうだろうか。母はマジメな性格で、娘のがんばりには感謝しているものの、娘の過剰にがんばる姿を見せつけられるほどに負い目も感じていたとしたら。母は自分を娘に苦労かけさせてるダメな母親だと感じ、なさけなくなり、気分が最悪になってしまう。そしてそんな気分最悪なところが幻影帝国に気にいられてしまい、母は幻影帝国からさそわれ、同意のうえで幻影帝国にいってしまったとしたら。ハピネス注入どころじゃないですね。自分ががんばれば母は幸せになれると信じていたのに、じつはそうでもなかったという現実を最悪のカタチで見せつけられる。自分が信じていたものがすべて幻想で幻影だったという絶望感。そこで挫折して悪堕ちしかける愛乃めぐみが描かれて。でもまた、仲間たちの支援で悪堕ちをふみとどまり、挫折をのりこえて成長する愛乃めぐみも描かれていくという寸法です。そしてもちろん愛乃母を奪還しに幻影帝国へとプリキュアの戦いの舞台はうつっていくのでした。

最終決戦がはじまる。幻影帝国女王クイーンミラージュ様とて、はじめから愛だの幸せだのに絶望していたわけではなくて、なにか悲しいことがあって、それをのりこえるべく努力をしたのだけれども、うまくいかず、いつしか世の中の愛も勇気も優しさも、そして幸せをも、すべてはまぼろしで幻影なんだと絶望するようになってしまっただけなのだということが回想シーンをまじえつつ関係者の説明口調なセリフとともに時間をおってていねいに視聴者各位にわかりやすく明かされていくのでした。というわけで最終的なオチとしては、プリキュアさんたちがクイーンミラージュ様に幸せのなんたるかを成田良美節で説教してあげて、それでクイーンミラージュ様が納得して、クイーンミラージュ様はもとの人間の姿にもどって、めでたしめでたし、って感じでしょうか。といってしまえば、なんてこともないような終わり方に思われてしまいそうですが、そうではありません。そこにいたるまでの過程が重要なのです。最終決戦にいたるまでのプリキュアさんたちの成長が描かれ、そうした成長したプリキュアさんたちだからこそクイーンミラージュ様を説得できたんだということをお忘れなく。

かくしてハピネスチャージプリキュア劇場は幕をおろすのでした。ちゃんちゃん。

ハピネスプリキュア #01 ゆうゆうこと大森ゆうこ登場 感想

とりあえず、おもったことを、つらつらと。

なんかオープニングからさっするに、幻影帝国女王のクイーンミラージュ様とイケメンのブルーのあいだになんかありそうだな。たとえばクイーンミラージュ様はもともとイケメンのブルーのお母さんで、なにか悲しみが原因で悪堕ちしてクイーンミラージュ様になっちゃった、みたいな設定で。そのへんがいずれ、戦いの障害になったりして。そう、お母さんとは戦えない!みたいな感じでさ。

さらにオープニングからさっするに、キュアフォーチュンの双子の姉が鏡のなかに閉じこめられたままなのかもしれない。閉じこめられたままなのはキュアプリンセスがだらしなかったからで、それでキュアフォーチュンはキュアプリンセスをうらんでる。キュアフォーチュンは姉を助けるために戦ってるんじゃなかろうか。そこでピンときましたか?!、かれんさんですよ、かれんさん。紫といえばかれんさんで、姉のノエルを助けたいと願ってましたよね。というわけで藍色プリキュアも終盤に登場か?

プリキュアコスにはじめから羽がついてるのは、後半戦で羽をつけるてまをはぶいたのかな。どうせあとでつけるんなら、はじめっからつけておけ、みたいな感じでさ。

なんとなくクイーンミラージュ様と愛乃めぐみさんのお母さんが関係ありそう、というか、いずれ関係しそうな予感。おそらくクイーンミラージュ様も病弱なんじゃなかろうか、それで元気な人たちをねたんでる、みたいな設定で。愛乃母も病弱で、すこし人生にめいってそうな感じもするので。いずれ愛乃母が幻影帝国につれていかれてクイーンミラージュ様にとりこまれてしまう、とか、そんな展開が待ってそうな、いなさそうな。そのへんがいずれ、戦いの障害になったりして。そう、お母さんとは戦えない!みたいな感じでさ。

なんか、幸せと不幸を対比させるための設定としては、愛乃家は母と娘のふたり暮らしで、マンションじゃなくってもっとこう昭和っぽいボロアパートに住んでて、お母さんが病弱で公的な支援を受けてなんとか生計を立てている、でも、めぐみはそんなこと気にしないで明るく幸せでした、みたいな設定のほうが良かったのではなかろうか。そして、そんな娘とは反対に母はいまの暮らしをひけめにおもい不幸だったという。いっしょに生活してるのに娘は幸せで母は不幸でみたいなのが描かれながら物語がすすんでいくと物語の輪郭がハッキリと浮かびあがってきそうで面白いかもなと。

幸せってなんだろう?幸せとは幸せだと感じることだよと。だから自分で自分が不幸だなんて思わないでほしい。生きていれば辛いことも悲しいこともある、でもそれを不幸だと感じない心の強さを!みたいな、そんなメッセージを伝えてってくれたらなと。期待してます。

大森ゆうこさんがプリキュアではありませんように…

大森ゆうこさんが変身してキュアハニーさんになりそうな感じなんですが。それって、なんかヤダなと。だって、大森ゆうこさんは大森ゆうこさんだからこそカワイイのだから。キュアハニーさんに変身してしまったら魅力が半減してしまう感じです。

というわけで、大森ゆうことキュアハニーは別人という設定のほうが、しっくりきます。そもそも主人公と同じクラスで親しいお友達がみんなプリキュアというのは実に不自然でして。そんなスマイルプリキュア的なご都合主義がいつまでもまかりとおる時代でもないのです。プリキュアの世界観も時代とともに変化し、かつては正体をバラすのは御法度だったプリキュアとて、いまや誰もがその存在を知り、むずかしく表現すれば人口に膾炙し、はては世界各国の政府からボランティアの傭兵として都合よく利用されているというのが、ハピネスチャージプリキュアの世界だと理解する(ぇ

さて、そんなわりにあわないプリキュア業になぜあの愛すべき大森ゆうこが参加せねばならぬのか。はなはだ疑問である。そこで、大森ゆうことキュアハニーを切り離して考えて、つまりまったくの別人とするのが至極妥当だと考えます。そう、大森ゆうこは愛乃めぐみのクラスメイトで仲良しさんなのですが、プリキュアではなく一般人という。しかも、ゆうこはめぐみがプリキュアであることを知らされてなくて、めぐみはゆうこに心配かけまいとプリキュアの秘密をひたかくしにする、というのが序盤の展開。しかし敵との戦いが激しくなるにつれ、そうそう隠してもいられなくなり、ついにめぐみはゆうこの目の前で変身してしまう。とまどうゆうこ、それからどうした?!ってのが中盤の展開。敵との戦いがさらに激しくなり、とうとうキュアフォーチュンが戦死する(ぉぃ)。戦力減で苦境にたたされるプリキュア、このままではとても戦えないとイケメンのブルーが大森ゆうこをプリキュアにスカウトしろとキュアラブリーこと愛乃めぐみに提言する。がしかし、めぐみは親友のゆうこを危険な戦いにまきこむことには反対だった。ごねるキュアラブリーこと愛乃めぐみにイケメンのブルーは戦いに負ければ大森ゆうこだって不幸になる、ならばプリキュアになって不幸になったとて、どのみち不幸になるのならプリキュアになって勝利の可能性をつかもうではないか、と諭した。それでも逡巡するキュアラブリーこと愛乃めぐみであったが、そのとき電柱の影にかくれていた大森ゆうこが姿をあらわし、めぐみに「いいのよ、あたし、プリキュアになるから…」とだけ。じつはイケメンのブルーは大森ゆうこがすぐそこの電柱にかくれているのをしっていてわざと聞こえるよう大きな声でキュアラブリーこと愛乃めぐみを説得していたのでした。というのが最終決戦直前の展開。と、まあ、だいたいこんな感じです。

で、キュアハニーは、というと。まあ、ぶっちゃけ転校生ですね。ある日、愛乃めぐみたちのクラスに転校してくるキュアハニー。そしてキュアハニーの家は養蜂農家で、ようするにハチミツを生産してる農家なのです。なのでハニーなのです…たぶん。

ドキプリ #49 ジコチューは1万年の眠りへ 感想

ひとは、ひとりでは自己中にすらなれないという。ひとりぼっちでは自己中な発言も行動もない。ひとりならその人がしたいようにするのがあたりまえで、他者から非難されることも、そして、愛されることもない。

また、ひとりぼっちでは愛も生まれないように思える。自分で自分を愛せばいいじゃないかと反論されそうだけど。でも、なぜかずっとひとりぼっちでいると、心がめいってきて、そんな自分を愛せないような気もするんだ。その理由はよくわからないのだけれども。

けっきょく、ひとりでは、ひとりぼっちでは自己中も愛もないような気がするんだ。だれかとのつながりのなかで、自己中も愛も生まれてくる。そんなことをキュアハートさんが、おっしゃってたような気がする。

さらにいえば、自己中と愛は双対なのかもと。自己中があるから愛が生まれる、愛があるからこそ自己中は生まれる、と。そんな関係かと。

自己中とは人間の自然な感情のひとつで、それがなければ人は自分が自分であることを認識できないのではないだろうか。どんなささいなことでも自分はこうしたいと自己中に願わなければ何ひとつ意識的に行動できないような気がする。つまり自己中とは自意識そのもので、自意識のなかにこそ好き嫌いの区別が生まれ、そして好きなものは愛するし嫌いなものや関心のないものは愛さないということなのかと。

愛もまた人間の自然な感情のひとつで、なにかを、だれかを、好きになって愛してしまうのは、さてこれからこれを愛すことにしよう、とか、あいつを好きになってやろう、とか、そんなこと考えないで無意識に、いつのまにか好きになって愛してしまう、というものではないだろうか。そして、愛にはランクがあって、あの人は好きだけど、この人はもっと好き、みたいな感じに。好きは好きなんだけど、対象の違いによってその好きの度合いが違うことはむしろ普通のことだろう。愛が平等でないという点で、またその不平等さが人によってさまざまであるという点において、人は、人それぞれ自己中である、と判断できそう。

キュアハートさんが自己中を否定しないどころか、みずからも自己中だと認めているのは、自己中と愛の双対性の本質を見ぬいているからで、だからこそ愛におぼれ自己中になったトランプ王国の王様すらも許せたのだろう。おそらくキュアハートさんも自身の愛のなかに自己中をみいだし、その自己中な気持ちと対峙し、悩み苦しみ、こたえをだし、強くなってきたのだろう。強くなれて世界を違う視点からながめることができるようになって、いままで好きではなかったものや無関心だったものにすら愛を感じるようになって、またその愛のなかに存在する自己中をあらたな愛へと昇華させるというその繰り返しで今日まできたんじゃなかろうか。

なんだか自分でも何を小難しく、さかしらに書いてるんだろうとは思うのだけれども。ようするに自己中は必要なんだけど、いきすぎた自己中は滅びを招くから1万年くらい眠ってろ、ってことです。人間はついつい自己中に傾いてしまう。それは愛ゆえで。自己愛もあるでしょうし、家族愛である場合もあるでしょう。愛に罪はなく、したがって自己中にも罪はない。でも、いきすぎた自己中は困るから。だったら眠っててくれよ、というわけで。その役目をプリキュアがひきうけますよ、ってのがドキドキプリキュアだったのかしらと。

最終回なのに、なんだかツマンネー感想書いちゃったなと、後悔してるけど、でも書きなおすのもメンドクサイから、このままにしとく。ほんとは、ありすの制服姿カワイイヨとか、プロトジコチューはエターナルゴールデンクラウンで封印しなくていいのかよみたいなツッコミとか、そういう感想書きたかったなとは思ってる。

とりあえず、この1年楽しかったです。ハートキャッチに勝るとも劣らないです。フレッシュには及びませんでした。なんかね、伝えたいテーマみたいなのは伝わってきたのだけれども、いかんせん設定とか、伏線の消化とか、そういうのが雑な印象でした。そういうご都合主義的な展開を嫌悪する人もいたようです。わたしもはじめはそうでしたが、途中から、こまけぇこたぁいいんだよ、と思って視聴するようになって、むしろツッコミを楽しみながらの視聴にきりかえたら、自然に楽しめるようになりました。

さいごにひとことだけ言わせてもらえば、もっとキュアロゼッタが活躍してほしかった!

ドキプリ #48 決戦キングジコチュー 感想

キングジコチューとの最終決戦、わりとよかったです。
わりと素直な展開で、安心して見ていられたのが好感でした。

巨大ランスちゃんが登場したり、シリアスな展開の中にもギャグっぽいものを入れてきたりして、脚本家の先生もあまり深刻な雰囲気を出しすぎないようにと配慮されていたのかなと。とはいえ、キュアダイヤモンドが敵の動きを封じるため、捨て身になって、みずからを敵と一緒に氷漬けにしてしまったりと、きちんとキュアダイヤモンドさんらしい行動なんかも描かれていたのが良かったです。

プリキュアたちは協力して進んでいくのだけれども、さいごトランプ王国の王様を救いだすところは、王様の娘である、レジーナ、アイちゃん、キュアエース、の3人にまかせたところが、親子の絆というか愛を強調していたのでよかった。

ドキドキプリキュアの「ドキドキ」は「愛の鼓動」で、そのドキドキを信じることで道がきりひらかれる、みたいなのがこの1年のテーマだったのかな。自己愛が愛なのか、自己犠牲が愛なのか、そういうことではなくて、そんな難しく考えなくていいよ、とにかく、ドキドキする気持ちに愛の鼓動に素直に導かれて行動しようよ、みたいな、そんな相田マナさん的な思考を大切にすれば、おのずと前へ進めるよ、みたいな感じだったのかな。

キュアハートさんが、親が子を助けたいと思うのは当たり前で、自己中でもなんでもないよ、ごく普通のことだよ、と断言できるのも、結局それぞれの親はそれぞれの子を愛してるわけで、それをだれかひとりがぜんぶ引き受けなければならないというものでもない、ということなんだろう。もちろん国王は全国民の手本となるべき父親的な存在であるべきというのはタテマエとしては、そのとおりなのだろうけれども。トランプ王国の国王とて、一国の国王であるまえに、ひとりの人間として、ひとりの親として、純粋に自分の自分だけの娘を愛していたいというのも正直な気持ちなのだろうから、それを自己中だと断罪するのはあまりにも残酷だというのがキュアハートさんの主張だったのだと理解した。

もちろん封建社会において上流階級はその特権を享受すると同時に国民を守る義務が課せられているのだろうけれども。それとて無制限というわけではなく、基本的に自分の身は自分でというのが原則だとおもう。トランプ王国がほろんだのも、たしかに国王がエターナルゴールデンクラウンの封印をといたのが直接のキッカケだけれども、けれども最終的にトランプ王国をほろぼしたのはほかならぬ国民たちの自己中な気持ちにもとづく行動だったわけで、一方こちらの世界がふみとどまったのは、結局、トランプ王国の人々との心掛けというか心構えの違いでした。それが封建国家と民主国家の違いによるものなのか、はたまた相田さんたちプリキュアの日々の活動による成果なのかは判断できませんが。

で、次回が最終回なのですが、なんかもう、いらなくないか?といった感じがするのは私だけだろうか。たしかに今回で終わってしまったら、ベールさんのその後は?みたいなツッコミもでてくるでしょう。イーラくんは六花さんとは不器用ながらも分かりあえてた感じでしたし、マーモさんはあまり気にならない、でもベールさんだけはキングジコチューの後釜をねらってるフシがずっとあったわけで、それについて言及しないとどうにも消化不良感があるなといった配慮でしょうか。とりあえず最終回を見守るしかないのですが、さて、Aパートであっさり倒されちゃってBパートでエピローグをやるのか、それとも1話じっくりかけてベールさんとの戦いが描かれるのか、どうなることやら。ここいらへんがドキドキプリキュアの不安定感を最後までひきずってる感じもするねぇ〜

ドキプリ #47 パパもマナも、みんな大好き 感想

ジコチュー軍団襲来の危機にひんして、自分さえ助かればとわれさきにと逃げていた人々が急に助けあうようになった様子が、さながらロケ地・立川っぽい感じでしたが。どうやら相田マナさんのおかげ、か、どうか知らんが、いつのまにやら世界がアップデートされていたようでした。トランプ王国はアップデートされていなかった、だからほろんでしまったらしいです。よくわかりませんが。

愛とは自分ひとりの内側にかかえこむものではなくて、愛とは外側につなげて広げていくものなのだと。そして、めぐりめぐって、その愛が自分に帰ってくることもあるわけで。けっきょく他者を愛することは自分自身を愛することへとつながるようです。というのが、この1年の答えだったのだろうか?よくわからないのですが。というか途中からアイちゃんの育児日記っぽい展開になって、イヤイヤ期がどうのこうの、歯をみがきましょう、食べものの好き嫌いはいけません、みたいな話ばっかになってた印象が強くてね、自己愛と他者愛の相克みたいなテーマはきれいさっぱり忘れてましたから(ぉぃ

キングジコチューはレジーナとの二人だけの閉じた世界を望んでいた。キングジコチューはそれを実行しようとし、レジーナもそれに応えるかのように行動するのだけれども、レジーナにとってそれは本心ではなく。パパであるキングジコチューはもちろん大好きだけれども、同じくらいにマナのことも大好きというのがレジーナの本心なのでした。だからマナがいる、この世界をこわしたくないというのが本当の気持ちなのでした。

好きに理由も理由づけも必要なくて、ただただ好きは好きでその好きという思いにしたがって行動すればいいんだ、みたいなことをマナさんはおっしゃった。ただ、その行動が内向きになってしまうとストーカーや相手にたいする束縛になってしまうから、それはダメで、あくまで外向きに行動しましょう、みたいな感じでした。

マナさんは、レジーナのことが好きだから、レジーナの好きなパパのことも好きになれると断言してくれた。これはなんかレジーナがマナと結婚するような展開で、娘を溺愛するパパがマナさんにむかって「レジーナはぜったいにやらんぞぉ!」みたいな感じにどなりつけ、でもそこでひるまずマナさんが反論している感じにも受けとれますな。って、ここは、岡田の出番じゃないのかな?!じっさい岡田はアン王女の自称・婚約者なわけですから。どうなんでしょう。こんかい岡田さんは空気でしたが、次回あたりに見せ場があるんでしょうか。

公式HPによると次回「キングジコチューのしんぞう部分に王様のすがたが…!」とあるのだけれども、なんとなくだけどキングジコチューの本体である王様はキングジコチューの首の後ろのあたりにいそうな気がするんだけど、なんとなく。

ともかく王様を救いだしたあと、とうぜん王様を核にしてキングジコチューを構成していた闇の部分はプリキュアたちによって封印されるのでしょうけれど。でもそれでアン王女が生き返るというわけでもないのでしょうから、たんじゅんにメデタシメデタシにはならないのでしょう。どういうオチが待っているのか、ここはヘタに予想しないで次回と最終回を待つことにします。

ドキプリ #46 パパ大好き 感想

アン王女が自身の命であるプシュケーを2つに割って、そのそれぞれをそれぞれに転生させたのがレジーナでありキュアエースであった、というのは納得したけど。プシュケーを失い、残りカスとなったアン王女の肉体がアイちゃんとして生まれかわりましたー、という説明は、なんだかなー、でした。

まあ今回は、アン王女がホムンクルスにならなかったという点を除けば、だいたい予想どおりな展開でしたので、さほど驚きませんでしたね。というわけで今回の感想は、これにて終了します。

なので、こんごの展開を予想するとですね。ずばり、説得エンド、でしょうね。それ以外は、かんがえられません。具体的には、まずキングジコチューはキュアエースの攻撃を受けるとなぜだかせつなくなってしまい戦意喪失してしまうのです。キングジコチューは、なぜだ、なぜだ、と混乱するのですが、すぐにその理由がわかります。キングジコチューはキュアエースにアン王女のぬくもりを感じてしまったからです。キングジコチューが攻撃を中止すると、キュアエースもそれ以上は攻撃するのをやめてしまう。そこへキュアハートが割りこんできて、キングジコチューへの説得をはじめるんだ。「レジーナもキュアエースもアン王女で、キングジコチュー、あなたの娘だよ。だから争いあうなんて、おかしいよ、バカげてるよ!」と。するとキングジコチューは熟慮のすえ、納得し、こちらの世界への進撃の中止を決断する。しかし、それではジコチューたちが納得しない。キングジコチューは、自分さえいなくなればジコチューどもも大暴れできないだろうと、キュアハートに介錯を依頼する。死を覚悟したキングジコチューにキュアハートは、そんなのダメだよ、と諭すものの、キングジコチューは、ほかに方法はないから、とキュアハートを促す。キングジコチューが「現世にはもう救いがないので、あの世でレジーナとふたりだけの世界にふけりたいんだ…」と、つけくわえると、こんどはキュアエースが「マナ、まよってる場合ではありません」とキュアハートのけつをたたく。ふと周囲をみわたせば、ほかのプリキュアたちがみな軽くうなずき、目でうったえていた。こうなったら、いくしかない。キングジコチューの本体に必殺技をぶちかますと、キングジコチューの体は崩れた。すぐさまエターナルゴールデンクラウンで封印し、めでたし、めでたし。

キングジコチューとレジーナの魂は、あの世へと昇天していった。ほんとうはキュアエースとアイちゃんも消えてしまう予定だったのだけれど、映画出演の都合から居残ることになりました。アン王女はいつまでたっても成仏できないのであります。

まあ、だいたい、こんなかんじですかね。

ドキプリに関する2013年最後の妄想

謎が謎のまま2013年を終えたドキプリでした。
そこで2014年最初の放送がはじまるまでモヤモヤしてるのも、なんだから、妄想してみました、ことのてんまつを。

★ ★ ★

アン王女の父親、つまりトランプ王国の国王がキングジコチューになった。キングジコチューは自身の娘であるアン王女への自己中心的でゆがんだ愛情を源泉として多量のジャネジーを放出し、そのジャネジーをつかってアン王女のあらたな肉体をつくりあげ、病魔に侵された肉体からアン王女の精神をとりだし、あらたな肉体へとうつしかえた。したがってアン王女は、以前とまったく同じ人の姿をしてはいるが、すでに人間ではなかった。人造人間というか、ホムンクルスなのだ。その事実を亜久里ちゃんから聞かされたから、岡田にせよ、まこぴーにせよ、驚愕し、吐き気をもよおすほどの精神的ダメージをおったのです。

娘であるアン王女を復活させたものの、キングジコチューはそれだけでは満足できなかった。愛する娘といっしょに暮らしたい。自分の娘を溺愛する父親なら当然いだく感情がキングジコチューにはあった。じつはキングジコチュー率いるジコチュー軍団がトランプ王国に出向いたのは、トランプ王国を滅ぼすことが主たる目的ではなかったのです。キングジコチューは自分の娘であるアン王女をむかえにトランプ王国にやってきたというのが真相で。ついでにトランプ王国の連中をジコチュー化させたというだけのことです。なぜトランプ王国の連中をジコチュー化させたのかといえば、理由は簡単なことで、キングジコチューのパワーの源はジャネジーなわけですから、てあたりしだいに人々をジコチュー化させてジャネジーを集めたいと考えるのは当然のことで。キングジコチューにとっては、かつて自分自身が統治していた国がどうなろうとどうでもよくて、そんなことには興味はなくて、とにかく愛すべき自分の娘であるアン王女とのふたりの世界さえ築ければそれでいいと。それがキングジコチューの本音でした。

ジコチュー軍団との戦闘が激化していた、ある日。アン王女は宝物殿に納められているエターナルゴールデンクラウンのもとへむかう。封印されその使用を固く禁じられていたエターナルゴールデンクラウンではあったが、いまはトランプ王国最大のピンチということで、封印をといても問題なかろうとの判断からであった。そして、アン王女がエターナルゴールデンクラウンに触れた瞬間、すべてが分かってしまった。キングジコチューの正体も、自身がホムンクルスであることも、ぜんぶ。そのときアン王女は驚愕のあまり気絶寸前になったが、祖国を守らなければという責任感がまさって、なんとかその場をこらえた。そして、ぜんぶわかったのだから、もちろんキングジコチューを倒す秘策もわかったのであった。

アン王女とて、ひとりの人間として、自身がホムンクルスであるという真実に、思うところはあったのだが、いまはそんなことに気に病んでいるヒマなどなかった。アン王女はジコチュー軍団にうまくとりいってキングジコチューの目前までたどりつく。そこでアン王女はキングジコチューと一戦まじえるのだが、そのとき、迷いがしょうじた。いま目のまえにいるのはまさにキングジコチューなのだが、もとはトランプ王国の国王で、ほかでもないアン王女の父親だ。アン王女とて自分の父親をきらいになったわけではない。むしろ父は娘の病気をあんじるあまり、死者の蘇生という禁忌の罪をおかし、その罰としてキングジコチューになってしまったのであるから、とアン王女は責任を感じたりもしていて。とにかく、いろいろな思いやら感情やらがゴッチャになって、こんがらがって。もしかしたらキングジコチューを説得できるかもしれない、いや、説得しなければとアン王女は考えるにいたった。ところがキングジコチューと化した父親に物事の道理がつうじるはずもなく、とにかく自己中で、なにを言ってもムダであった。やむなくアン王女はキングジコチューに特攻した。もちろん特攻しただけではキングジコチューは倒せません。アン王女はキングジコチューと激しくぶつかった瞬間に、精神を弛緩させ、肉体からの精神の離脱をイメージした。すると、どうだろう。アン王女の肉体はじょじょにキングジコチューの体内にとりこまれていく。いっしょにアン王女の精神もひきずられてキングジコチューの中へと入っていった。なにがおきたのだろうか。

キングジコチューは、アン王女の父親を核にして、多量のジャネジーで構成されている。アン王女の肉体もジャネジーでできているので、キングジコチューの体とは親和性が高い。キングジコチューはつねに周囲にジャネジーを欲しているので、そこにジャネジーが存在すれば自然と取り入れてしまう。アン王女の肉体はジャネジーなのだが、ふつうにしていればキングジコチューに取り込まれないのはアン王女の精神力が自身の肉体をとらえてはなさないように作用しているからで。もしアン王女の精神力が弱ったり、アン王女の精神に肉体を分離しようという意識がはたらけば、キングジコチューがジャネジーを取り込もうとする力のほうが強くなってしまい、アン王女の肉体は取り込まれてしまうのだ。このことをアン王女はなんでも知ってるエターナルゴールデンクラウンから教わった。

アン王女がみずからの意思でキングジコチューの中に入ったのは、もちろんキングジコチューを倒すためである。ただし、アン王女がキングジコチューの中に入っただけでは、アン王女はキングジコチューのうごきを内側からおさえつけておくことぐらいしかできない。そこでどうしても外部からべつの攻撃が必要なのだ。その役目がキュアエースというわけです。アン王女が内側から、キュアエースが外側から、そうしたコンボ攻撃ができてこそキングジコチューはたおせるのです。これもエターナルゴールデンクラウンから教わった知識です。

アン王女の本体はキングジコチューの体内にありつつも、アン王女は精神力をふりしぼり、まずはキングジコチューをたおして世界に平和をとりもどしたいという熱き願いからキュアエースの亜久里ちゃんの生命の核となるべき精神(スピリット)をつくりあげ、さらには思いの力(それを人はブレイブという)で肉体をもつくりあげ、熱いスピリッツをフル獣電でこちらの世界へと放出した。それをひろいあげたのが、ほかでもない円茉莉おばあさま、その人であった。それからアン王女は娘を愛してくれる父への感謝の気持ちを命の核としジャネジーを肉体としたレジーナをつくりあげたのでした。

ここで疑問なのは、なぜアン王女はキュアエースだけでなく、あえてレジーナをもつくりあげたのかということだとおもいます。そうですね、キュアエースだけをつくっておけば、用が足りたはずで。レジーナはむしろ無用で、キングジコチューをたおすための障害にすらなりそうで、じっさい障害になっているのですから。では、なぜか。それはアン王女が自分で自分を試す必要を感じていたからなのです。どういうことかといえば、このごにおよんですらアン王女にはキングジコチューとの戦いに迷いがあって、ここいちばんでキングジコチューにとどめをさせないのではないか、という懸念があって、それは、いまでこそキングジコチューだけれども元はトランプ王国の国王でアン王女の父親で、なぜキングジコチューになってしまったかといえば娘を愛する気持ちからで、そう思うとアン王女は胸が締めつけられるのでした。しかしその気持ちをひきずったままでは、たとえキュアエースとのコンボ攻撃をもってしても、攻撃に隙ができてしまい、キングジコチューに返り討ちにされてしまう可能性がある。だからキングジコチューとの最終決戦を前に愛する父への思いをたちきるべく、アン王女自身の分身であるキュアエースをこれまたアン王女自身の分身であるレジーナと戦わせ、勝利させ、もって心を鬼にしたキュアエースをキングジコチューに当たらせなければならなかったのだ。もしもキュアエースがレジーナにやぶれたならば、それはそれで、それまでのことで、世界はキングジコチューのものになってしまうであろう、そうアン王女は冷静には考えていたのだけれど、でも絶対にそうはさせてはならないとも強く思っていた。さて、どうなる、キュアエースVSレジーナの宿命の対決のゆくえは!

★ ★ ★

と、まあ、だいたい、こんな感じです。

次回予告から率直に感じたこと

まず新年そうそう新キャラ登場です。
002
この人はアン王女の父親でしょう。つまりトランプ王国の王様(キング)です。アン王女の元夫だとする説もあるのですが、それはちょっと無理がありそうです。理由は、まず、見た目がオッサンだから王女の夫には不釣り合いな印象。それに、王様(キング)がジコチューになって、キングジコチューなんだろうと思うし。かりに王様がキングジコチューになってしまってて、なおかつレジーナがアン王女の精神の一部からできているという設定であるのであれば、キングジコチューがレジーナのことを娘とよび、レジーナがキングジコチューをパパとよぶのも理解できるでしょ?

★   ★   ★

10年くらいまえのことでした。
アン王女は不治の病にかかりました。
000
ひっしの看病のかいもなく…
001
アン王女は他界。
王様は悲嘆にくれるとともに、怒りをあらわにする。
002
『くそっ、この世に神も仏もいないのかッ!!』
002
『ならば悪魔とでも契約してやるッ!!』

愛する娘を、アン王女を失った王様は正気を失っていた。

宝物殿に納められているエターナルゴールデンクラウン。
003
納められている、というよりは封印されていたエターナルゴールデンクラウン。
004
なぜならエターナルゴールデンクラウンは危険だから。
なぜ危険なのかといえば、エターナルゴールデンクラウンはあらゆる知恵や知識をあたえてくれるから。
知らなくてもいいことを知ってしまうのは不幸なことなのだ。
005
しかし今の王様にはそんな思慮もなく。ただただ娘を蘇生させることしか頭になかった。
006
エターナルゴールデンクラウンは王家の血を継ぐ者にだけ用いることができる。
005
用いることができるのだけれども、使ってはいけないとされていた。
006
その禁を破らんとするのだから、その手もふるえる。

死者をよみがえらせる方法を知った王様は、さっそくその方法をためしてみることに。ちなみに死んでから24時間以内なら蘇生は可能という設定なのだろうから(根拠なし)。とにかく、いそがねば。王様は教えられたとおりに、地面に魔法陣を描き、魔法陣のうえに手のひらをかざしながら、なにやら呪文をとなえる。そのときアン王女をよみがえらせたいと強く願うことが大事です、とエターナルゴールデンクラウンから念を押されていた。王様は、世界がほろんでもいいから、世界中の人がみんな死んじゃってもいいから、とにかく娘を生き返らせたいのだよ、と自己中心的に願った。
すると、どうだろう
008
なにやら怪しい黒い塊があらわれて…(それがジャネジーの塊だとは王様は知らない
009
黒い塊は王様におそいかかり。
とりこんでしまう。
010
そして巨大化する。
これがキングジコチュー誕生の瞬間なのであった。

キングジコチューはジャネジーをつかってアン王女を生き返らせた。というか、あらたな肉体をつくりあげ、そこにアン王女の精神をうつしかえた。アン王女のあたらしい肉体はジャネジーでつくられている。そう、ジャネジーでつくられた肉体にアン王女の精神はやどっているのだ。だから定期的にジャネジーを供給してやらないとダメなんです(ぉぃ
ちなみにジャネジーでつくられた肉体は不老不死、だからアン王女は若さをうしなわないのです。おそらく。

★   ★   ★

ドキプリ #45 あらがえない運命と、あかされる真実と 感想

次回予告を見て…
なんか、ぜんぶわかった気分。

ようするにアン王女は、すでに死んでいて。
しかしアン王女の精神(スピリット)だけは生きているという。
なぜか。
それはアン王女の父親である、トランプ王国の国王(キング)がそうしたからなのだ。

それは10年ちょっとまえ。
アン王女は不治の病におかされる。
国王はトランプ王国中の名医といわれる名医をあつめて治療にあたらせた。
が、だれもかれもが、なおるみこみはないと。
のこされた時間はもうほとんどないとのこと。

国王は、いてもたってもいられず、とにかくどんな方法でもいいから娘を、アン王女をたすける方法はないかと思案した。
思案した結果、3種の神器のひとつ、エターナルゴールデンクラウンをつかえば、と。
そう、エターナルゴールデンクラウンはこの世のすべてを知っているというのだから、王女をたすけるすべを教えてくれるのではないかと、そう国王は考えた。

しかし、それは禁断の果実。
人類の英知を超えた知識を得ようとするのは危険なことなのだ。
いや、そもそも、世の中、なんでも知っていれば幸せというわけでもなく。
知らないほうが幸せということも、すくなくはない。

だがしかし、国王は自分の欲望をおさえきれなかった。
どうしても、どうしても、愛する我が娘をたすけたかった。
そして、その危険さゆえに前人により封印されていたエターナルゴールデンクラウンの封印をといてしまう。
それから国王はエターナルゴールデンクラウンを頭にのせ、問うた。
エターナルゴールデンクラウンは答えた。
問われたから、答えた。
悪意もなく、善意もなく、ただただ事実だけを、たんたんと。

エターナルゴールデンクラウンいわく。
不治の病をなおす方法などないと。
なおす方法がないからこそ不治の病とよばれているのだとすら。
それを聞いた国王は落胆するのだが…
つづけてエターナルゴールデンクラウンは教えてくれた。
なおす方法はないのだけれど、命を助ける方法はあると。
それはなんぞや、と国王は必死に問うた。
エターナルゴールデンクラウンは答える。
命とは精神(スピリット)のことだ。精神は肉体なしには存在し得ない。肉体がほろびれば精神は居場所を失い、消滅してしまう。不治の病におかされ肉体がほろんでしまえば、そこにやどる精神も消えてなくなる。ならば、あらたな肉体を用意して、そこに精神(スピリット)をやどしてやればよいと。
国王は、なるほどそうか、と得心する。
して、そのあらたな肉体を用意する方法は?と国王はエターナルゴールデンクラウンに尋ねる。
エターナルゴールデンクラウンは教える、ジコチューと契約すればいいのだと。
ジコチューと契約すれば、王女にあらたな肉体を用意してくれる。そして、王女のいまの肉体がほろんでしまうまえに、王女の精神(スピリット)をあらたな肉体にうつしてくれるのだと。
時間がない。
国王は、すぐにでも、ジコチューと契約しようと考えた。
どうすればジコチューと契約できるのかを尋ねると、エターナルゴールデンクラウンはすぐに教えてくれたが、くわえてジコチューとの契約はタダではないことも教えてくれた。
そうですね、ひとにタダでなにかしてもらおうなんてのは虫がよすぎますから。
とうぜん対価を要求されます。
それは当然の理であって、国王とてそのことには、やぶさかではなかった。
さっそくジコチューと契約しにいった。

国王がジコチューに、ことのてんまつを詳細に説明すると。
ジコチューはこころよく国王の願いをかなえると約束してくれた。
ただしその代償は用意してくれと要求してきた。
国王もそれについては覚悟していたので、いくら用意したらいいのかとたずねたが、ジコチューはオカネがほしいのではないとこたえる。
ならばなんだ、なんでもいってみろと国王はジコチューをうながす。
しばしの沈黙のあと、ジコチューは国王に「トランプ王国の国王をやめて、わたしたちジコチューの王(キング)になってくれ」と提案してきた。
虚をつかれた国王だったが、そのときはとにかくアン王女の命が心配で心配で、あまり深く考えずに「なんだそんなことか、わかった、わかった。わかったから早く、わしの娘を…」とおうじてしまう。
ぶっちゃけ、国王は「トランプ王国の王位はアン王女に譲位すればいいし。わしが他国の王になったところで問題なかろう」ぐらいにしか考えていなかった。
それよりも王女の命が助かることが、うれしくて、うれしくて、国王は気持ちが舞い上がってしまっていた。
と、その瞬間。
ジコチューは国王に謎のビームをくらわす。
すると国王は、オドロオドロしい姿へ変わった。
キングジコチュー誕生の瞬間であった。またの名をキングトーチャンです。

数日後のある日、ずっと床に伏して、息も絶え絶えだったアン王女が突然なにごともなかったかのように起き上がり、おなかがすいただの、そとに散歩に行きたいだのと言い出すようになった。
周囲にいた侍医や侍女たちは、いちように驚き、奇跡がおきたと歓喜した。
トランプ王国中に「王女様ご回復」の吉報がとどけられ、国民はよろこび、トランプ王国は活気をとりもどした。
ただ…
ただひとつ、不安は、国王が行方不明ということだけでした。
とうぜん対外的には、国王は病気で面会謝絶です、ということにはしてあるのだけれども。
アン王女が側近の幹部にお父様はどうされたのかとたずねても、国王様はお百度参りに行くといったきりおかえりにならない、とのことで、ほんとうに誰にも国王のゆくえは皆目見当がつかないのでありました。なぜ国王がひとりきりでお百度参りに行ったのかというと「神仏の前では国王であろうと乞食であろうと人はひとりの人間でしかない、だから一人で行かなければ意味がないのだ。だから私は一人でお百度参りに行くのだ。供の者などいらん。」という国王様の、たっての希望がありまして…って、それはいいとして。
国王の安否がわからないので、トランプ王国ではとりあえず王位は空白にして、とりあえずアン王女が王女の身分のままで国王の職務を代行し、そしていままでどおり宰相が政務をになうこととなった。
トランプ王国はしばらく平和であった。

が、しかし、平和は長くは続かなかった。
ジコチュー軍団がトランプ王国に攻めてきたから…
というのが、第1話の前までのあらすじなんじゃなかろうか。

★   ★   ★

まえおきが長くなりました。
今回の本編でわかったのは、キュアエースとレジーナが、もとはひとつのアン王女の精神(スピリット)だったということです。
まあ、だいたい予想されていたことなんですけどね。
でも、いざ、そうですって明かされると、なんともいえない気分かも。
まあ、ようするにキュアエースはキョウリュウシアンやキョウリュウグレーなどと同じスピリットレンジャーだったということらしい(ぇ
そしてレジーナも同じアン王女のスピリットの具現であり。
この世界に同源のスピリットレンジャーが同時に2柱存在することは許されない、というか、それが世界のゆがみやねじれとなって、この世界の秩序というか本来あるべき姿を危機にさらしているのだと。そういうことかな。ちょっとちがうかな。
とにかく、キュアエースとレジーナは同時に存在してはいけないのだ、だからタイマンでガチンコ勝負をして、どちらかがどちらかを倒さなければならないのだという。
いや、もしかすると、そうではなくて。
どちらかがどちらかを倒したあとに、勝者のほうも自害しなければならない運命なのかもしれない。
なぜなら、アン王女はすでにこの世の人ではない(仮説)から、肉体だけがほろびて精神だけが生き残るなんて自然の摂理に反しているから。
うーむ、わかりませんな。
なんか、ネタバレを小出しにされたまま今年の放送が終了してしまったのでね、あー、モヤモヤするぅ。
新年の放送を割礼…じゃなくって刮目して待て、ってことッスね。

では、良いお年を!

ドキプリ #44 はなれていても、こころはいつもいっしょ 感想

幸福な王子のツバメを自称してはばからない六花さん。こんかいもマナのためだからとスピーチコンテストへの出場をすすめる。ほんとうは生徒会でもクリスマスでも、いつでもどこでもマナといっしょがいいけれど。でもそれは自分の欲望であって、ほんとうにマナのことをおもっているのであれば我慢しなければと。六花さんは自分のことよりも、マナにはぜひともスピーチコンテストに出場してもらって、 ねがわくば優勝してもらいたいなと。

とはいえ、マナがいないと勝手が違い、戸惑ってしまうことばかりの六花さん。ことあるごとにマナのことを思い出しては自分を勇気づける。六花さんは、 自分がマナを支えているとばかりおもっていたのに、じつは自分もマナに支えてもらっていたということに、あらためて気がつく。おたがい精神的に支えて支えられている。六花さんはそれこそが愛であると感じるのでした。六花さんがマナを愛してるというのはそういう意味でしょう。

精神世界の中心にはマナがいて、精神世界はマナを中心にまわっていると確信した六花さん。いや、六花さんだけではなくてプリキュアのみんながそうで。かりにマナが死んでも、みんなの心の中心にはマナがいるから大丈夫なんだとすら思っているのでしょう。もう教祖様です、マナさん、マナ教の。

扇の要であるマナがいなくてもプリキュアたちが負けないのは、マナが物理的なカナメである以上に精神的なカナメであるからだと、六花さんがジコチューたちを諭す。そして六花さんはレジーナに、あなたも同じ、マナと愛をつむいできたのだから、あなたもマナ教の信者なのよ、だからマナをつうじて私たちとつながっているはず、だからあなたと私たちは敵どうしではない、と。そして、マナはいつもレジーナのことをおもっていたと六花さんは話を続ける。それから、あなたも同じようにマナをおもっているはず、愛しているはず、あなたもマナが好きなんでしょ、とレジーナをただす。虚を突かれて、しかもそれが図星だったから、レジーナは、ひるんだ。そのとき六花さんは容赦なくレジーナを詰問する。すると、とうとう白状してしまうレジーナであった。

こんかい、六花さんの迫力というか勢いに負けて、ついマナへの愛情を口にしてしまったレジーナではあったが。その気持ちにウソいつわりはないにせよ、それでも父親であるキングジコチューの心中をおもんばからずにはいられないのであった。レジーナは自身がマナへのおもいいれを強くすることでキングジコチューへの気持ちが薄まってしまい、それでキングジコチューが悲しむのを恐れていた。それは正直な気持ちなのだろう。

キングジコチューにも、マナにも応えたい。どっちも好きだからこそ、どうしていいのかわからないという。レジーナが今後どうやって自身の気持ちに折り合いをつけていくのかが焦点でしょう。だがしかし、次回の予告を見るにつけ、なんか急展開な感じがしていて、もしかすると次回レジーナ退場なんてことも、あるのかもしれない。

どうなっちゃうんでしょうか。

ドキプリ #43 授業参観の日 感想

キュアエースこと亜久里ちゃんは、おばあさまこと茉莉さんに正体がバレてしまい困惑する。ところが、とうの茉莉さんはそんなことは、はなっから分かっていたというオチで。知っているのに知らないフリをするというのも優しさのカタチだったようです。いっぽうの亜久里ちゃんも茉莉さんに心配かけまいと気をつかう日々だったのだけれども、それも優しさからで。茉莉さんと亜久里ちゃん、おたがいのその優しさで円家の生活はうまくまわっていたのでした。

しかし今回、とつじょとして家族ふたりの愛情の歯車が狂いそうになってしまった。いや、むしろ茉莉さんのほうは、いつかこんな日がくるんじゃないのかなと予想していたのかもしれない。かたや亜久里ちゃんはずっとずっと未来永劫じぶんの秘密は隠しとおせると信じていたのではないだろうか。でもそれはなんの根拠もない、ただの幻想でした。おちこむ亜久里ちゃんに茉莉さんは凛とした態度でのぞむのでしたが、亜久里ちゃんはたえきれず逃げ出してしまった。

茉莉さんとしては、ある日とつぜん空から降ってきた女の子に、困惑しつつも、これもなにかのめぐりあわせ、ひとり暮らしのさみしさをまぎらわせてくれる神様からのさずかり物だと感じたのかもしれない。と同時に、時期がくれば手放さなくてはならない預かり物であることも、なんとなく悟っていたのでしょう。だからこそ茉莉さんは何があっても亜久里ちゃんの味方でいよう、味方でいたい、守りたいと、願っていたようだった。なのに亜久里ちゃんは茉莉さんの真意をはかりあぐね、自分一人で自分勝手に悩み苦しみ空回りしていた。

けっきょく一晩考える時間があたえられたことで自分自身をみつめなおすことができた亜久里ちゃん。そして、なにも迷うことも引け目に感じることもないということに気がつくのでした。そうですよね、べつに亜久里ちゃんは何も悪いことをしていないわけで。記憶があいまいなのも、それが原因で自分の存在がなんなのかわからないことも、そして今現在の自分がキュアエースであるという事実も、みんな運命なわけで。いま亜久里ちゃんがなすべきことは運命をうけいれ、そのうえでいま自分がどうしたいのか、どうあるべきなのかを考えることだったのです。その答えが、いままでどおり茉莉さんと一緒に仲良く暮らしたい、ということでした。そしてそれは茉莉さんの願いでもあるのでした。

血のつながりよりも、心のつながり。茉莉さんと亜久里ちゃんの絆は強い。茉莉さんが言いました、絵にこめられた愛情は、たとえその絵が色あせてしまっても、いろあせることはないのだと。それは、たとえ亜久里ちゃんにどんな過去があろうとも、そして今現在どうであろうとも、亜久里ちゃんが亜久里ちゃんであるかぎり、亜久里ちゃんをおもう気持ちはかわりませんよと。そんな茉莉さんからのメッセージだったのでしょうね。

ドキプリ #42 亜久里ちゃんのハッピーバースデー 感想

亜久里ちゃんは円家の養子だったという。なるほど、なるほど。

数年前、亜久里ちゃんの「おばあさま」である茉里さんは円家に跡継ぎがいないことで頭を悩ませていた。円家は素封家で、跡継ぎがいないことで予想される親族間での相続争い。それを懸念した茉里さんは、自分がまだ元気ないまのうちに跡取りを、ということで福祉施設から養子を受け入れることにした。この動きにはとうぜん円家の分家からは反対の声もあがったが、きょうだいの仲が悪かった茉里さんは、親族連中の戯言など歯牙にもかけず、自分の意志をとおすことにした。

福祉施設には10歳ぐらいの男の子をお願いします、ということだったのですが。茉里さんが約束の日に駅にむかえにいったら、なんと女の子がきてました。なにか、てちがいがあったようです。茉里さんは施設に連絡して、亜久里ちゃんを返して、べつの男の子を、とおもったのですが。ことのてんまつを知った亜久里ちゃんがあまりにも悲しそうな顔をしたので、ふびんにおもって、まあ女の子でもいいかしらね、と考えなおして、最終的には亜久里ちゃんを円家の養子にすることにしました。

女の子を養子にしたという、その話を聞いた円家の親戚連中はビックリすると同時に、茉里さんにあれやこれやと文句を言ってきました。女の子では跡継ぎになれないだの、なんだのと。これに対して茉里さんが下手に出ていると調子に乗った親戚どもは、あげくのはてには茉里さんのみならず亜久里ちゃんの人格までもを否定するようなひどいことを口にするようになってきて、茉里さんは精神的に疲れてしまい、とうとう相続の件は親戚連中で適当に話し合ってくれと、ただし亜久里ちゃんが食べるに困らないだけの財産だけは亜久里ちゃんに残させてもらいますからとだけ条件をつけて、どうにか親戚連中を納得させ、亜久里ちゃんを養子にすることができました。

亜久里ちゃんがいつも敬語なのは、施設にいるときに厳しくしつけられたせいもあるのだろうけれど、茉里さんにいろいろ気苦労をかけた引け目からなのではないだろうか。育ててもらっている恩と、その引け目があるからこそ、亜久里ちゃんは、おばあさまだけには、このうえなく気をつかうのでした。

こんかい亜久里ちゃんの身の上話がわかって驚いたり、納得したりで、なんか不思議な気分になりました。でも、これで、なんとなく亜久里ちゃんがこちらの世界の人ではなくて、トランプ王国と同じようにジコチューさんたちに襲われて滅亡寸前の別の世界から託されたというか、具体的には命からがら赤ん坊の亜久里ちゃんをつれてこちらの世界に逃げてきた王家の侍女がある寒い冬の夜に福祉施設の勝手口の前に毛布にくるまれた赤ん坊の亜久里ちゃんを置き去りにしてピンポンダッシュして去っていきその後その侍女さんは息途絶えましたみたいな場面を想像したですが、おそらくそんな感じじゃないのかなと(キリッ

いよいよドキドキプリキュアという物語もクライマックスへとむかっていき、いろいろ謎というか疑問も明かされていくのでしょう。亜久里ちゃんとレジーナ様と王女様との関係とか。あと、岡田のチューリップハットのこととかも。チューリップハットが3種の神器のひとつだという説も有力なのですが、はたしてどうなのか。みのがせません。

ドキプリ #41 めぐりあい宇宙 感想

こんかいは四葉ありす嬢と五星麗奈さんとの友情が描かれていました。

それにしても、友情ほどよくわからないモノもないのではないでしょうか。
友達の定義って、いったいなんなのか。ちょっと考えさせられました。
自分は友達だとおもっていたのに相手はそうはおもっていなかった、なんてこともあるし。その逆もある。
だれかが自分のことをどうおもっているかだなんて、ほんとうのところは分からないし。
相手の想いに気づかない、気づいてあげられない。そんなことも、よくあるのでは。

それはさておき。いろんなカタチの友達って、いますよね。
いちいち「わたしたち友達だよね?」なんて確認しあわなくても友達でいられる関係とか。
ふだんはあまり交流がなくても、いざというときは当たり前のように力になってくれる関係とか。
いつもいっしょにいて、いつも行動をともにしているだけが友達ではないのだろうな、と。

会えばいつもつっかかってくる五星さん。
かたや、五星さんのちょっかいをいつも軽く受け流そうとする四葉さん。
五星さんは四葉さんと友達になりたくて、でも素直になれなくて、ついついひねくれた態度をとってしまう。
いっぽうの四葉さんはすでに五星さんのことは友人であると認めていて、だからこそどんなにヘンなことをしてきても相手にしてあげていたようです。
だって本当に嫌いな人なら相手にしないで無視しますもんね。
なんやかんやとおバカな五星さんにつきあってあげる四葉さんは、やさしいのかもしれない。
でも四葉さんのそういう態度にカチンとくる五星さんなのでした。

五星さんが素直じゃないことは四葉さんもご存知で。
でも素直じゃない人イコール悪い人というわけでもないことも知っている。
五星さんの花を愛する気持ちがホンモノであることは幼い時に初めて会ったときから知っていた四葉さんなのでした。
四葉さんは花が好き、五星さんも花が好き、同じ花好きであるならば仲良くできないわけがないと。
そんなふうにも感じていたのかもしれない四葉さん。

ふとしたキッカケから四葉さんは五星さんに、ずっと友達だとおもっていましたと、つげる。
すると五星さんは感極まって泣き崩れてしまうのでした。
それから五星さんも素直になって、うそいつわりのない本当の気持ちを四葉さんにぶつける。
四葉さんは当然のように五星さんのやさしい気持ちを受け止めてあげて、ふたりは心つうじあい、友情をたしかめあうのでした。めでたし、めでたし。

ほんとうに、ちょっとしたことで問題は解決するんだなと。
こじれにこじれてほどけない結び目のようにおもえることでも、ほんのちょっとのキッカケであっけなくほどけることも。
とはいえ、こじれさせていたのは一方的に五星さんのほうで。
四葉さんはといえば、ひたすら五星さんが素直になるのを待っていたのかもしれない。
でも待ってるだけでは解決しない。時間が解決してくれないことだってある。
こんかい良かったのは幼い頃のエピソードをまじえて四葉さんのほうから五星さんに優しくできたトコロかな。
それで五星さんの意地を張っていた気持ちがいっきに瓦解しましたから。

ドキプリ #40 愛おぼえてますか 感想

よかった。

とにかく伝えたい思いがあるのであれば、ステージの準備とか、どんな格好だとか、そんなものは関係ない。そんなものは飾りでしかない。と気づいたのかもしれない、まこぴー。
裸の心で、まこぴーは歌い始める。レジーナに届けるためだけに。
すると両手の束縛が解かれる。
それから自分の歌だけを信じて、ゆっくりと、しかし着実に、徒歩で、まっすぐにレジーナのもとへとむかう。
周囲で戦闘がおこなわれていても、まるで意にかいさず。

なんか、熱かったな。この場面。地味に感動した。

さいごまで丸腰で、無防備な状態でレジーナのところへたどりついて。
おもいあまったレジーナが槍をむけた瞬間、まこぴーは素手で片手で槍を受け止めた(ちょw
そしてそこではじめてソードに変身。
その間も、歌はとぎれることはなかった。

すげーよ。かっけーよ。まこぴー。

よくもわるくもマナさんから薫陶を受けつづけて、こうなってしまったんでしょうね、まこぴーさんは。
まこぴーが初登場の頃といちばんキャラ変わったのはまちがいなくて。
いまはかつてと比べて、表面的には脱力して少しへたれた印象なのですが、内面的にはしっかり充実していたのでしょう、まこぴー。

レジーナ様はまこぴーの歌にそうとう心がゆさぶられていたご様子で。
あやうく堕ちてしまいそうだったところ、間一髪、正気をとりもどしましたが。
でも、まあ、これはもう、時間の問題でしょうね。

嘘偽りのない、まっすぐな愛。
これが最強なんでしょうね。
レジーナ様のキングジコチューへの愛も、まっすぐで。
前回はそのレジーナ様のまっすぐさにミラクルドラゴングレイブは応えてくれたんだとおもうし。
こんかいマジカルラブリーパッドはプリキュアたちのレジーナ様へのまっすぐさに応えてくれたのではないでしょうか。

ドキプリ #39 プリキュア三日会わざれば刮目して見よ 感想

日々、強くなる、それがプリキュア。
強くなるというのは単純に戦闘面だけではないらしい。
ずるがしこくなるというのも、強くなるということで。
せっかくベールさんは岡田に化けて、プリキュアさんたちをだしぬこうとしたのに。ぎゃくにプリキュアさんたちに利用されてしまったという残念なベールさんでしたとさ。

してやったりのプリキュアさんたちでしたが。
ところがどっこい、ミラクルドラゴングレイブは抜けない。
この天の逆鉾みたいにぶっささったやつは、そう、伝説の勇者にしか抜けない、なんて設定はよく聞くので。とうぜんプリキュアさんたちならカンタンに抜いてしまうであろうと予想していたのですが。
どういうわけか、抜けない、抜けない、あー、どーした、こーした。
おもうに、おそらくプリキュアさんたちの黒い心が邪魔したのかと。
そうです、プリキュアさんたちのベールさんをたばかった薄汚い心にミラクルドラゴングレイブは拒絶反応を示したんだ。
だから、もっとこう正々堂々とミラクルドラゴングレイブを取りに来ていれば、あっさり抜けたんじゃないのかな〜と。
もちろんベールさんがさきにプリキュアさんたちをはめようとしていたのは悪いですが、それでも、プリキュアさんたちはだまされたフリをしてベールさんを出し抜こうとした、その汚いやり口にミラクルドラゴングレイブは嫌悪感をしめしプリキュアさんたちを拒絶したんだろう。たぶんな。

ではなぜレジーナ様はあっけなくミラクルドラゴングレイブを引きぬくことができたのか。
それは、もう、いちずに父親を、キングジコチューを大切におもう純粋な心に、ミラクルドラゴングレイブは反応したんだと思う。
たぶんミラクルドラゴングレイブにはジャネジーは関係なく、ただただ守りたいという純粋な心があれば受け入れてくれる。たとえそれがどんなに自己中であろうとも。というか本当に守りたいという気持ちになると、人は周囲が見えなくなって自己中になるんだからしかたない、と、そうミラクルドラゴングレイブは人間の本質を理解してるフシもあるな。うむ。

ドキプリ #38 あぐりちゃんはあぶないからさがってて! 感想

亜久里ちゃんはアイちゃんがいないと変身できません。
アイちゃんは妖精で、キュアエースの変身アイテムを体内に格納しているのです。
そういえば、そうでした。
なのに忘れてた、なぜか?
アイちゃんって、妖精なんだけど、いつのまにか人間の赤ちゃん扱いされてるんですよね。これって、なんか怖くないか。
それにしてもアイちゃんには、自分は人間ではなくて妖精なんだという自覚はあるのだろうか?
アイちゃんは人間になりすまして、この世界で人間としてやってく腹づもりなんでしょうか。
なんか怖いな。考えれば考えるほどに。

アイちゃんはけっして人間ではなくて、妖精さんなのです。ここは重要なトコロですから。そこんとこはキチンと認識しておかないと。
さらにいえばアイちゃんこそは、ひとびとの心の弱さに忍び寄る自己中心的な感情をおさえるための防護壁なのでした。ある意味、人間社会のいけにえなんです。

そこで今回、ジコチュートリオのみなさんは考えました。アイちゃんを堕落させて自己中の防波堤を壊してしまえばいいと。そうすれば世の中に自己中が蔓延するからと。
具体的な作戦としては、夜な夜なアイちゃんを誘い出しては、アイちゃんの好き放題にさせてみました。
安易な作戦でしたが、案外うまくいきました。
アイちゃんに不摂生させてみました。
するとアイちゃんは、すっかりだらしなくなりましたとさ。
めでたしメデタシ。
それにしてもカンタンに敵のワナに引っかかるなアイちゃん。

堕落、それは恐ろしいモノです。
かつては醜の御楯と出で立っていたアイちゃんでしたが。放蕩の味をおぼえてしまってからというものの、みずからの任務をあっさりと放棄します。というかアイちゃんは自身に防護壁の任務が課せられているという認識があったのかどうかも疑わしいのですが、そこはスルーしておくことにしましょう。
とにかく。うみゆかば、みづくかばね。やまゆかば、くさむすかばね。そんな自己犠牲はバカらしい、と。
アイちゃんは、自分のやりたいことだけやって。すきなものだけ飲んで食べて、オシッコしてウンコしてと。
アイちゃんは「わたしが世界の中心なんだ!」みたいな。そんな生活がすっかり気にいったようでした。
愛のために。プリキュアのために。トランプ王国のために。ついでに岡田のために。へにこそ死なめ、かえりみはせじ。そんな気持ちはキレイさっぱり消えてなくなってしまったようでした、アイちゃん。

いや、消えてはいなかった、キレイさっぱりとは。
なんかしらんが、キュアハートさんから思い出話を聞かされたら、情にほだされたらしくって。
アイちゃんは復活した。
うーん、これは、どうしたことか。
やっぱり、そうですかね。飽きてくるんですね、放蕩生活というのは。
好き勝手に生きるというのは、幸せのようで、じつは退屈なものなんでしょう。
毎日が休日であるよりも、たまに休みがあるからこそその日が楽しい、みたいな。
きらいなニンジンを無理して食べたあとのケーキはうまい、みたいな。
塩をなめたあとの砂糖の甘さはより甘い、なんてね。
ちょっと違うか?
でもだいたい言いたいことはわかってくれるよね?頭の回転の早いみなさんなら。

けだし規律というものはどうしても必要で。
その規律を守ることで社会が成り立っていて、人と人とのつながりできあがる。
みんなが決められたルールのなかでうまく立ち振る舞うからこそ、そこに面白みもあるし、感動もあるんだ。
そしてまた社会のなかで自分に課せられた任務があるからこそ、自分には居場所があり存在意義があるんだと確認できるんだと。
アイちゃんは気がついたのかもしれない。
アイちゃんは、自分が人間だと勘違いしているのかもしれないけれど、とにかく人間らしくありたいと願ったのかもしれない。

まあ、そんなにむずかしく考えなくても。
キュアハートさんが語る昔話のしんみりとした語り口に、アイちゃんは感極まっただけだと理解してればじゅうぶんなのかもしれません。
アイちゃんって、わりと単純ですもんね。
また後日、ジコチューさんたちが誘いにきたら、今回のことなんて忘れてしまって、ホイホイついてっちゃてそうですもん、アイちゃん。

ドキプリ #37 いっぽんでもニンジン 感想

アイちゃんのみならず亜久里ちゃんまでもがニンジン嫌いでした。
アイちゃんのニンジン嫌いをなおすには、まず母親がわりの亜久里ちゃんがニンジン嫌いをなおさねばならぬ。
と、まこぴーは亜久里ちゃんを諭す。
虫歯治療のときに、こっぴどく説教されましたからね、まこぴー。
ブーメランです、ブーメラン。
母親たるもの子供に手本を見せねばならぬ、と説いたのは、ほかでもない亜久里ちゃんその人なのですから。
亜久里ちゃんはぐうのねもでません。
とはいえ現状のままではいつまでたっても好き嫌いはなおりません、ニンジン好きにはなりませんから。
なにかキッカケが必要です。
というわけで、やってきましたニンジン畑。練馬区公式ふれあい農園です。
やっぱ現場が大事ですからね。
いくら講義を受けて、ニンジンの必要性を説かれても、しっくりきませんから。
やはり座学よりも実習を、というわけです。
とくに農学部では農場実習が大切というわけです、たぶん。

けっきょくキュアエースこと円亜久里はニンジン畑で糞尿にまみれながらニンジンとしたしむうちにニンジンが好きになってしまって、ついには食べられるようになったということです。
まあ、たしかに家庭菜園で作った野菜や、自分で料理した野菜などは、食べられたりもするもんです。
不思議ですよね。
同じ食材でも、どこでとれたものか、だれが手をくわえたものか、がわかると、気持ちが変わるという。
芋掘り大会に参加して、自分でとってきた芋は美味しかったりしますし。
梨もぎに行って自分でとった梨の味は格別だったりもします。
うむ。
つまり今回は、体験学習の大切さを伝えたかったのでしょうね、たぶん。

そしてレジーナ様にもニンジンのおいしさが伝わったのか、おめざめになられたようで。
そろそろおなかもすいてきたのでしょうねレジーナ様。
焼き芋でも食べたくなったのでしょうか、季節的に。

ドキプリ #36 初恋 感想

ラケルの好色ぶりがつづられてました今回。
気持ちはわかるが。
六花を大切にしないとダメだよ。
イーラにとられちゃうよ。
もう今回だけにしとけよラケル。
じゃないと愛想つかされてしまいますよ、さすがの六花さんにも。

浮気は男の甲斐性とはいうものの。
やっぱ一途なほうが好印象ですね。
それもベタベタでベッタリな一途じゃなくて、さりげなく爽やかにというか。
言葉に出さなくても「ほんとうに愛してるのはオマエだけさ、六花」みたいなのが伝わってくるというか。
そういうラケルくんが描かれていれば、ラケルに対する視聴者の評価も違ってきただろうに。
残念でした。
いっときの気の迷いから矢嶋さんにうつつをぬかしつつも、ときおり六花のことが頭をよぎる、みたいな。
そういう好少年が描かれていればよかったのですが、今回のラケルくんはダメダメでした。
矢嶋さんに彼氏がいることがわかって、それでしかたなく六花のもとに、って、どんだけヘタレなんだラケル、って話でした今回。

まあ、そんなラケルを受け入れてくれる六花さんも六花さんなんだけど。
どんだけ心が広いンだろ六花さん。
いや、まてよ。
というか、プリキュアは妖精との信頼関係が重要なのだろうから、そこらへんを斟酌してラケルの浮気を咎めなかったとみた、菱川六花。
とりあえずラケルに貸しをつくったことで今後なにかあっても物事を有利にすすめられるであろう菱川六花さんなのでした。

それにしても、矢嶋さんみたいなのが魔性のオンナなんだろうな。
おそらく本人に自覚はないのだろうけれど。
なんとなく、けなげでかわいそうな自分を演出して、男子の気を引こうとしている八嶋さん。
そこに、うぶなラケルは引っかかった。
八嶋さん、「ポンポン(うさぎ)がいなくなった。大切にしてたのにいなくなった。アタシってかわいそう。ぐすんグスン。」
ここで海千山千、百戦錬磨、恋愛経験豊富な男子なら、「なんだこのあばずれオンナ!びっちのくせに、ほざいてんじゃねーよ。自分ひとりじゃなんにもできませんって感じに演じやがって、クソが!」とおもうのですが。
いかんせんラケルくんには六花さん以外に恋愛経験がありませんから、まんまと引っかかってしまいました。
かわいそうな八嶋さんのチカラになってあげたい。そして念願かなってポンポン(うさぎ)を見つけた。八嶋さんによろこんでもらえてうれしい。八嶋さんからお礼を言われた。しかも「ラケルくんは私のヒーローだよ」とまで絶賛されてラケルは有頂天になり、もう八嶋さんにメロメロ。
あーあ、もうダメだ、こりゃ。
もう、こうなったら、八嶋さんの、おもうつぼ。
ラケルくんは八嶋さんの手のひらの上で踊らされて、あとはボロボロのボロ雑巾になるだけです。
で、ここで、タチが悪いのは、八嶋さんには自覚がないという点です。
八嶋さんは天然の悪女ですね。

ラケルくんは八嶋さんのためなら死んでもいいとすら考えて。
八嶋さんのために死ねたら本望だとすら考えてしまって。
そして、そんな自分がカッコイイとすら自分に酔いしれてしまう、中二病患者が悪い女にハマってしまったという最悪のパターンみたいになってしまって。
もう手が付けられなくなってしまった。
キュアダイヤモンドの制止を振り切り特攻を決意するラケル。とはいってもキュアダイヤモンドとラケルは一蓮托生なので当然キュアダイヤモンドも道連れに玉砕覚悟というキュアダイヤモンドにとってはこのうえなく迷惑な状態に。
それでどうなったかというと妖精は生身の人間とは違って丈夫なので、ボロ雑巾になっただけですんだ。
キュアダイヤモンドさんもラケルがクッションになってくれたせいもあって、なんとかもちこたえて、ことなきをえた。

まあ、今回のラケルくんは、わかげのいたり、ということで許すことにしよう。
だがしかし、これにこりて、もう浮気はするなラケル。
六花さんと毎日いっしょに寝てるくせに。
六花さんが横で寝ているそばで、ほかの女のこと考えてニヤニヤするなんてダメですから。
とにもかくにも六花さんひとすじでいるべきなのですラケルくんは。
というお話でした今回。

それにしても六花さんの愛情というか優しさというか忍耐というか、そういうのが光りましたね、今回。
六花さんをお嫁さんにしたら、まちがいないだろう。と確信した。

ドキプリ #35 虫歯 感想

まこぴーが可愛かった。
虫歯を痛がる、まこぴーが可愛かった。
歯医者さんを怖がる、まこぴーが可愛かった。
顔を赤らめた、歯医者さんイヤイヤな、まこぴーが可愛かった。

まこぴーは虫歯というものを知らなくて、歯磨きとは口臭をいい匂いにするもので、そうしていたいけな男子どもを悩殺するためのものだと思っていて、毎日せっせと歯磨きしていたそうです。だからおそらく寝る前とかの歯磨きはしてなかったのかも(アルアル
でもまあ、目的を誤っていたとはいえ、とりあえず歯磨きを続けていたのは良いことです、まこぴー、磨き残しもバッチリあったようで、ってか歯磨き粉つけすぎでろくに磨いてなかったンじゃねーかな?だって口臭改善が目的でしたから。
とにかく今回、自身が虫歯に罹患したことで、はじめて虫歯なる病気の存在を知った、まこぴーなのでした。
それにしても虫歯菌がこっちの世界にしかないということで、今後あっちの世界とこっちの世界が交流するようになると、あっちの世界でも爆発的に虫歯が増えてしまうンでしょうね。
人が移動すれば、いっしょに病気も移動する。
世界史ではよく語られています。十字軍なんかでも、疫病が広まってしまってタイヘンだったとかで。
ようするに異世界との交流は、良いことばかりではなく、悪いことも、ということなんですね。
そういうことを伝えたかったのかな今回は…(ぇ
教育的でした。

とりあえずアイちゃんを正しく導くことが大事なんだそうです。
アイちゃんに修身教育を施す。
アイちゃんを二宮金次郎にする。
しこうしてアイちゃんを盾にして世界を守るんだそうです。
なるほど、なるほど。
人間から自己中心的な気持ちは消えることがない、ならば盾を用いて防ぐしかない、その盾がアイちゃんなんだ、とな。

あと、なんか、いろいろ思わせぶりな設定がちょろっと出てきたりもしてましたが、まあそれはおいおい明らかにされていくでしょう。
ここでいろいろ想像したところでしょうがないですから、ハイ。

ドキプリ #34 アイちゃんはマナの子供じゃない 感想

なんかさ、マナ母がマナさんに赤ちゃんのお世話に関するアドバイスをしてたような気もするんだが、ここは気をつけなければなりません、アイちゃんはマナさんの赤ちゃんじゃなくてマナ母の赤ちゃんって設定だったということに、つまりアイちゃんはマナ妹って設定のはずでしたよね。
ですよね?
設定変更されたのかな。ある日アイちゃんがマナ母たちの記憶を上書きして、って、怖ぇーよ。
あるいはマナ母はマナさんにアイちゃんのお世話を委任してるというか、ぶっちゃけ育児放棄なのかもしれない。

まあ、なんだね。
ドキプリって奴は、こまけぇこと気にしちゃダメだからさ。
今回も気にしないことにするよ。
ところで、アイちゃんって何年、赤ちゃんやってんだろ?
とりあえずキュアエースさんがいつからプリキュア業やってたのかって、それってハッキリしてたっけか?
そして、どのくらいの期間、プリキュア業を休業していたか、ということも問題で。
そうだな、とりあえず半年くらいやって、そのあと1年ぐらい休業してたと推測しても、もう1年半はたってるわけで。
その間ずっと赤ちゃんだったンだろうアイちゃん。。。
いや、まてよ。
いちど卵に戻ってるから、そうだな、卵に戻るとリセットされるというのがアイちゃんで、そうかんがえると、まだ1歳になってないのかなアイちゃん。
よう、わからん

なにげにアイちゃんはアイちゃんで、あの姿で完成体のような気もするんだが。
ちがうのか?
妖精のくせに、人間様と同じような成長過程をへて、でっかくなってくつもりなのかアイちゃんは。
もう、なにがなんだか
とりあえず地味に反抗期をむかえたようですアイちゃん。
次回は歯がはえてくるそうで、玩具のアイちゃんにもそういうふうな仕掛けがなされていて、時期がくると歯がニョキーって・・・怖ぇーよ

とまあ、ツッコミはこのくらいにして、閑話休題。

地味に六花さんメイン回だったのかにゃ?今回は
ダイヤモンドスワークル、あのラブリーパッドに手のひらをかざしてクルクルさせてるときの、あのピロリロピロリロって電子音がなんか良かった。
うん、良かった。
なんか、アイちゃんがいつのまにか六花さんの赤ちゃんみたいな感じになってました。
というか、マナさんがお父さんで、六花さんがお母さん。
夜中にマナさんちに六花さんがやってきて、アイちゃんのお世話をしてあげるという。
そのときマナ母はぐっすり眠ってました。
いいのか、それで。
中学生の娘とその親友に自分の赤ちゃんの世話をおしつけてるというマナ母。
いいのか、それで。

とにかく、いっしょにいるというのが大切なんだそうですね、赤ちゃんとお母さんは。
お母さんだって赤ちゃんのお世話は初めてなら、はじめからウマクいかないのはあたりまえ。
赤ちゃんといっしょにお母さんもお母さんとして成長していくのだそうです。
母は強し、とはいうものの、お母さんも人間ですからね、おもいどおりにいかなくてイライラしたり落ち込んだりすることもありますけど、それが子育てというものですから。
とにかく、どんなときでも愛情だけは忘れないことが大事みたいですね。それさえできてれば、だいじょうぶみたいでした。六花さんを見てたらそうおもえた。

で、アイちゃんはいつまで赤ちゃん芝居してるつもりなんでしょうかね。
ぜったい普通にしゃべったりできるだろアイちゃん。
でもアイちゃんがいつまでも赤ちゃんキャラを演じてるのは、そのほうがラクだからです。
赤ちゃんってトクだよね、みんなにやさしくしてもらえるし、なにやっても怒られないし、やりたいほうだい、すきほうだいですから。やめられません
というわけで、いつアイちゃんの化けの皮がはがれるのかが楽しみデス

ドキプリ #33 お泊まり会とありすパパとありすの成長 感想

ありすの思い出話をとおして、ありすの過去が語られる。
過去から現在へと時間を追っていくごとに、ありすの成長がわかった。
過去のありすと現在のありすとを比較することでありすの成長がわかった。
また、ところどころでありすパパがありすの成長を実感することでも視聴者はありすの成長をより理解できたのかも。
と、そんな感じに、うまいぐあいにありすの成長が描かれていたような気がするんだ今回。
というわけでして、お泊まり会も、ありすパパの登場も、ありすの成長を描くためのお膳立てでしかなかったということでした。
うーん、うまいぐあいにだまされましたな。
お泊まり会っていうから、なんかチョットいろいろドキドキなこと期待しちゃいましたけど、ぜんぜんそんなことはなくて。
さらには年頃の娘さんたちのお泊まり会ということで、中年のオッサンとしてはその様子に興味があるのが普通ということで、よせばいいのに、ありすたち女の子たちのおしゃべりに容喙してきたり、セクハラまがいのちょっかいだしてきたりと、そんな残念ありすパパが描かれるのかと思いきや、ぜんぜんそんなことはなくて。
ついには娘にかまってほしいさみしがりやさんのありすパパなのに、思春期の娘には邪険にされ、あまつさえ「お父様なんて大嫌い!あっちいってて!!」などと暴言を吐かれ、突き放されて、いよいよショボーンとなってしまったあげくに、ありすパパはジコチューになってしまうのかと思いきや、ぜんぜんそんなことはなくて。
地味に、いい話にまとまってたような気がする。
それにしても、いま現在、父と娘はたがいに信頼しあっているというか、だからこそ四葉財閥はうまくいってるのかな。
父は娘を信じてるし、娘は父を尊敬している。
それはベタベタした関係ではなくて、なんかすごくオトナの関係だった。
でもそれはわりと最近のことで、かつては、相田さんたちと出会うまでは、そうではなかったということがありすの思い出話のなかで語られるのでした。

幼少のみぎり、虚弱体質だった四葉ありす嬢。
ありすパパはそんなありすを心配し外出禁止を厳命していた。
だがしかし、虚弱体質だからといってそれを理由にずっと外の世界と断絶していたら、いつまでたっても虚弱体質のままだということをセバスチャンは懸念していた。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
危険をさけてばかりでは、なにも得られないだろうと。
そういう理由でセバスチャンは、ありす嬢が相田さんたちとこっそり出かけていくのを黙認していたようだ。
とはいえセバスチャンは人知れず木の陰からありす嬢を見守っていた。
なにか危険があればすぐさま飛び出せるようにと。
万が一、お嬢様になにかあれば、おのれの身を賭してでも、との堅い決意とともに。
・・・・・
あるとき、ありすは熱を出して寝込んでしまう。
その日は雨にうたれたせいであろう。
ありすパパは激怒し、セバスチャンを叱責する。
ことの顛末をすべて知ったありすパパは、ありすを悪い友達から引き離すために、ありすを海外へ移住させようと画策する。
相田さんたちと離れるのを嫌がるありすは必死に逃げまわるのだが、すぐにころんでしまうような子供だったありすが走りまわる姿にありすパパは驚き感激するのであった。
それと今までは父親には絶対に正面切って逆らわなかったありすが、相田さんたちのことを決して悪友ではなく有為な人物であると説き、ゆえに日本に残って相田さんたちとの親交を深めたいと主張したことに、ありすパパは娘の成長を実感してよろこんだ。
セバスチャンの進言もあり、どうやら自分がまちがっていたということに気づいたありすパパ。
これからもありすのことをたのむ、と、ありすパパは相田さんたちを認めるのでした。
それから今日にいたるまで、ありすは相田さんの薫陶を受け続け、いよいよもって父親の斜め上をいくようになり、つまりプリキュアになってしまっていて、さすがのありすパパもちょっと困惑したのかキュアロゼッタに無理をしないようによろしく言っといてくれと伝言をたのんで去っていくのであった。
娘の成長はうれしい。けれども心配でもある。それが親というものなのか。

世界中の人を笑顔にするのが、ありすの夢。
その夢に導いてくれたのが、ほかでもない、相田マナさん、その人なのでした。
相田さんが幼少の頃、なぜああまでしてありすを助けたかったのかといえば、ありすを笑顔にしたかったからで。
ありすの笑顔は私の笑顔、みんなの笑顔は私の笑顔、それが相田さんなのでした。
ありすは相田さんのようになりたいと願い、それからというもの相田さんから薫陶を受け続け、しだいに人格が陶冶されていったようです。

ドキプリ #32 文化祭 感想

文化祭って、季節ネタじゃないのかな。
ドキプリは季節ネタやらない方針だってシリ構の人がつぶやいてたような気がするんだがな。
だから母の日回もやらないよ、ってね。
でも、夏祭り回もあったし、もう、そういうしばりはなくなったのかな。
となると12月にはクリスマス回があって、サンタコスをみせてくれるんだろうか相田さんたち?楽しみだな。
なんかドキプリってのは、いろいろ興味をひく設定を提示してきて期待させてくるのだけれど、でもその設定がうまく機能しないというか、伏線が回収されないというか、なんだろなこのフワフワモヤモヤ感というか、矛盾だらけというか、なんという唐突感というか、いつのまにか細かいことは気にするなよ的な流れにもっていってるというか――シリ構の人の性格がしのばれます。
そんなわけで今回キュアエースが「わたくしが時間稼ぎを…」なんて発言してて、えっ?!とおもったんですけど、なんの説明もなかったけどキュアエース的には、もう5分のしばりがなくなったんだろうな、ラブリーパッドのおかげでさ。
ようするにドキプリをたのしむには細かいことは気にしてはいけないということです。
設定の矛盾が気になってストーリーの流れを楽しめないという人もいるとはおもいますがね。
でもドキプリは1年間の流れを重視している感じなので、細かいことでその流れを乱してはいられない。
レジーナや、アン王女と岡田のことは、いまのところは流れを止めていますが、あとあと本編に合流させてイッキに本編の流れを加速させようというこんたんなのでしょう。
視聴者側に考察の余地をあたえず、あくまで製作者側の満足するカタチで物語の流れをつくっていく。
だから、あれは実はこうでした、みたいな説明があとでなされる。視聴者は、ああ、そうだったのか、と納得すればいいという構図。
そしてマジメに考察していた人は、しらけるのだ。キュアエースの正体がただの近所の小学生でしたなんてオチが、まさにそう。

というわけで今回も、細かいこと気にせず、見てたのですが。
どうしても気になったのは、キャンプファイヤーのやぐらがくずれたときの、大貝第一中学のみなさんの対応。
なんかこう、みんなでチカラをあわせて、やぐらを組み直しましたぁ!、これでキャンプファイヤーもバッチリさぁ!とイイハナシダナー的な展開になってましたが。
ふつう中止にしないか?キャンプファイヤー。事故が起きたわけだし。たまたま負傷者が出なかっただけで、ヘタすりゃ誰か命を落としてたかも。だって保健室にまでとどろいたんでしょ?崩れる音がさ。
もうね、学校の管理責任が問われるレベルだとおもった。
なのに、なのに、それなのに…
たまたま死傷者が出なかっただけ、と、なぜ思えないんだろう、大貝第一中学の連中は。
死傷者が出てたら、もう警察ザタでしたよ、ほんとにもう。
うーん、そこらへんが不思議で、不思議で、たまらなかった。
いや、わかりますよ、大貝第一中学の連中がじつは亜久里ちゃんのおもってるようなダメダメな連中ではないってことを表現したかったってのは。
ようするに相田さんの誰かのためにの精神が、いつのまにか大貝第一中学の連中にとどいていて。つまり、いつのまにやら相田さんに薫陶されて、人格が陶冶されていたという大貝第一中学の連中どもでした、というオチでした。
亜久里ちゃんの懸念は杞憂におわりましたとさ。
相田さんへの信頼を強めた亜久里ちゃんは、もう一生この人についていこうと決意してたようだった。めでたし、メデタシ。

というわけで次回も、あまり細かいことは気にしないで、視聴するつもりです。ハイ。

ドキプリ #31 世界の終わりに愛と希望を叫ぶプリキュア 感想

リーヴァとグーラは、いままでは、まだ本気をだしてなかっただけ、というダメ人間の典型的な言い訳をほざきつつ、今回は本気をだしたようです。とはいえ、本気をだしたんだけど、最後はやっぱダメでした、みたいな残念なオチがまってましたとさ。実際そんなもんですよね、現実でも。

必死の攻撃にもかかわらず、とりあえずリーヴァ×グーラにかなわなかったプリキュアたち。リーヴァ×グーラはプリキュアたちにとどめをささず、世界の終わりをまのあたりにして絶望していろと言い残して去っていった。はてさて、これからどうなる?とおもいきや。キュアハートさんは泣くだけ泣いて気分スッキリ、さあ反撃だ、とな。なんという前向き。生きている限り反撃はできる、というか生きている限りにおいては反撃しなければならない、気持ちで負けてちゃダメなんだ、みたいな、そんな感じでしょうかね。すごいよ、キュアハート。かっけー

キュアハートのアグレッシブなおもいに触発され、絶望を希望にかえた他のプリキュアたち。プリキュア6つ目の誓いも唱えられ、プリキュアたちは、プリキュアのあらたなステージにのぼり、プリキュアがアップデートされたようでした。

それにしても、ラブリーパッドが壊されて、どうなるものかとおもいきや、なんと、壊れたラブリーパッドが壊れてカケラになったぶんだけ新しくラブリーパッドミニになりました、という予想の斜め上をいく展開に。そうか、そうか。そうやって一人にひとつラブリーパッドミニを配給なんですね。そしてラブリーパッドミニはキュアエースを5分間という時間制限から解放してくれたみたい。よかった、よかった。

こんかいプリキュアさんたちは新フォームへの進化はなかったですけど、ラブリーパッドをつかった新必殺技がカッコイイとおもった。そうですよね、おのおののプリキュアさんがもつラブリーパッドはもともとひとつのラブリーパッドだったわけですから、5つのパッドのチカラをひとつに集めて攻撃ってのは必然なのでしょうね。もちろんみんなのおもいを一つにという意味もありますけど。

世界の終わりが近づき、あたりまえがあたりまえでなくなる怖さを実感して号泣したけど、泣き終わったらすぐに立ち直って前に進んでいこうとするキュアハートさん。ほれたよ。かなしいときはガマンしないで泣いていい、落ち込んでもいい、逃げてもいい、でもいつかは前に進まなきゃ始まらないよ、と、そんな成田先生からのメッセージでした。たぶん。

ぜったいにあきらめない!、それがプリキュアでしたもんね。

ドキプリ #30 鏡 感想

亜久里ちゃんがいろいろ説明してくれてたね。
もうね、神話の世界でした。
世界が闇に包まれていた時代・・・
この世界に愛と平和をもたらすために・・・
とつじょとして三柱の女神がそれぞれ槍と鏡と冠をたずさえて登場しました。それが元祖プリキュアさんたちです。

まあ、こんかいのお話は、水晶の鏡を手に入れるために水晶の鏡を守っている妖精と戦って、1度は負けちゃったけど、その後いろいろあって、でも最後は認められて、プリキュアさんたちはみごと水晶の鏡をゲットした、と。簡単に言っちゃえばそんなツマラン話でした。

よくわからないのだけれど、三種の神器はもともと妖精の持ち物で、その妖精に認められたプリキュアだけがその神器を手にすることができる、という設定なのだと理解していいのかな。
となるとアン王女もプリキュアで、もともとこっちの世界にあったはずのミラクルドラゴングレイブがどういう経緯でトランプ王国にわたったのかは、つまりアン王女はトランプ王国からこっちの世界に来て神器を守る妖精に勝利したか認められてミラクルドラゴングレイブをゲットしてトランプ王国に持ち去ったということかな。

・・・

なんつーか、亜久里ちゃんはプリキュアになるまえに、なにやら不思議なチカラに導かれてメランのいる島へとやってきて、メランからああでもないこうでもないとプリキュアに関する説教を受けたそうだけど、なんとも唐突な話で、なんだかなな印象でした。
あと今回初登場の新キャラであるメランさんがキュアエンプレスとの思い出に浸ってそれをしんみりと語られても、ちっとも感情移入できないわけでして、視聴者的にはどうすることもできないんですよ!わかるでしょ?!
というわけで、なんとなくいい話にまとめてたようなんだけど、なんとなくメランさんの自己満足的な終わり方だったような気もするわけですわ。

女子会とか女子力とか

私は言葉や表現に鈍感なのかもしれない。あたらしい言葉や表現がでてきても、あまり疑問におもわず、それはそういうものなんだと素直に受け入れてしまう傾向があるような気がする。

「女子会」とか「女子力」とかもそう。

熟女の方々が「女子会」とか「女子力」とかそういう表現を使うと、いいとしこいて女子もねえだろうwwww、という辛辣なツッコミもあるようですが。わたしはとくになんとも思わなくて、ただそういうものなんだと認識するだけ。

たしかに、女子という単語からまっさきに連想するのは、女子中学生、女子高生、といった少女たちで、せいぜい女子大生まででしょうか、そこから上はあまり女子とは言わないで女性と呼ばれるのが普通な感じがします。

まあ、そんなわけでして、しいていえば、女子会という言葉から受ける印象は若い女性の集まり、なんですが。でも、妙齢をとっくに過ぎてトウの立った女性たちの集会が女子会を自称しても別に変だとは思わないし。その場合は実年齢は若くはないけれども、気持ちだけは若い女性の集まり、みたいに思うだけです。

同様に、女子力というのは、若くてハツラツとした娘さんたちがもってる魅力、みたいな感じなのかと。そう考えると、熟女の方が「さいきん女子力落ちてる気がするぅ〜」とかほざいてたとしても、私的には気持ちがおとろえてオバサン臭くなってきたのを自覚してるだけなのかなと思うだけです。

テンプレ通りも悪くない

わたしはほとんどなにも知らず、わからず、生きているし、それでも生きていける。それは、世の中にはテンプレというか公式みたいなモノがあるから。

世の中、わからないことは、わかったふりをしていれば、なんとなくそれなりにうまくいくようにおもえる。だいいち、そのほうがラクだし。いちいち考えないで、それが当たり前だとわりきって、数学の公式のように無批判にうけいれればいい。円の面積は、半径×半径×円周率、なんだけど、なんでそうなるのかなんて理解できてなくても、それはそういうものなのだととにかく信じて、とにかく半径に数字を当てはめて計算さえすれば円の面積はもとめられるように。ひとは、なんのために生きているのか生きていくのかなんて考えないで、とにかく仕事して給料もらってそこそこ楽しい生活を送っていれば問題ないように。ひとは世の中を生きていくとき、世の中とはそんなもんなんなんだと、なんとなく納得して、しぜんと掘り下げた思考を放棄してるようにおもえる。そういう心構えは、ある意味、不誠実な態度なのかもしれないけれど。人々が日々そうしてそうすることで世の中がそれなりに回っているのであれば、それほど悪いこととも思えない。

よく小さな子供が母親に、これはどうして、あれはどういうこと、なんで、なんで、と、しつこく質問したりしてるけど。そのうち、だんだん質問しなくなるようだ。それは、わからなかったことがわかるようになったからではなくて。そうではなくて、質問してもまじめにこたえてくれない、あるいは納得のいくこたえがえられない、からだろう。子供は身の回りの物事や現象をありのままに見つめて、それを知りたい、知ろうとするのだけれど、いかんせん多くの大人が物事や現象の本質に興味がないのだから、しかたがない。子供は大人に質問してもムダだと知り、だんだんあきらめてしまう。

子供は、大人に質問攻めしてもムダなら、ようし自分自身で、と意気込むのかもしれないけれど。それが長続きする子供は少ないような気もするんだ。そんなに集中力が持続する子供なら、たいしたものだ。たいていの子供は飽きっぽくて、すぐにいやになって、まあいっか、となって、さっきまで何に疑問をいだいていたのかさえも忘れて、いまはもう別の遊びに夢中になっていそうなものだから。けだし森羅万象の本質を探求するとは本来それだけ精神力を必要とするものなのだから。しかたがないといえば、しかたがない。子供を責められない。子供は、いや大人もそうだけど、基本的に怠け者なんです。

おとなになったからといって、なんでもわかるようになるわけではない。でも多くの大人がいちいち、あれはなんでだろう、これはなんでだろう、などと悩まないのは、無意識のうちにごまかすことをおぼえてしまっているからだ。わからなくてもわかったようなふりをするようになってしまっているということ。これは子供時代から少しずつ身につけてきてしまったことで。子供は大人に物事や現象の本質を問うてもムダだと知るのだけれど。それでも大人の社会はさほど混乱していないでそれなりにそこそこうまく回っているということも知っている。ならばそれでいいじゃないかと。本質的なことなど知らなくてもいいじゃないかと。しらずしらずのうちに、自分をだましだまし生きてくことをおぼえる。そうやって常識やら社会規範やらテンプレを身につけていくんだ。

それはそれで悪いことではないのかもしれないけれど。それで社会がうまく回っているうちはまったく問題ないのだろうけれど。時代が変わって、パラダイムシフトが起きて、いままで無意識、無批判に受け入れていた常識やら社会規範やらテンプレが役立たなくなったとき。いったい、ひとはなにをよりどころに生きていけばよいのだろうか。方法は、とりあえず3つありそう。

ひとつめは、ひたすら混迷に身を委ねるということでしょう。そうやって世の中に新しい常識やら社会規範やらテンプレができあがるのを待つのです。世間でなにかコレがよさそうだと話題になったらとりあえずそれをやってみる。うまくいくかいかないかは、わからないけど。だけどみんながやってることをやるのはなんとなく安心だし。失敗しても自分だけでなく多くの人が失敗するのだろうから、まあしかたないとあきらめもつくのかもしれない。

ふたつめは、確立されている思想をよりどころにするということ。たとえば宗教です。宗教といっても、新興宗教ではなくて、むかしからある古典宗教のほうです。古典宗教は長い時間を経過してもすたれなかったという点で価値があるとおもいます。一般的に宗教で示されている内容――たとえば神様の存在とか――などには明確な根拠がないのだけれど、それでも古典宗教の場合、長い時間、長い歴史の中で、世の中の仕組みが変化しても、人々にあるていど支持され続けてきたということは、そこに何か普遍的な人間の人生や社会の仕組みの本質に関わる内容が含まれていたからなのだと判断できます。宗教の教えをヒントに今の混迷の時代をどう生きてくかを自分で考えていくのです。

そして最後は、一から自分で、あたらしく自分で自分の自分だけのよりどころとなるものを作っていく、見つけていくということです。これはかなりシンドイ方法だとおもいます。なにしろ何もないところに自分だけのチカラで生み出していかなければならないのですから。それにはまず、自分をごまかさず、勇気を持って、まず自分がいま混迷の中にいることを認めることが必要となります。そしてなにがほんとうかを知ろうとする気概をもたなくてはなりません。先入観やら偏見やらをすてて、そして、正しい事実認識からスタートしなければなりません。現状がどうなっているのか、ありのままの事実から目をそらさないで、心をカラッポにして、そう、子供の頃のような純粋な目で、ありのままの世界をみつめようとする。そして事実をみきわめたあとは、ひたすら論理で結論を導きだしていくのです。そしてその導き出された結果がいかなるものであろうとも、その結果を認めようとする柔軟な心をもたなくてはなりません。シンドイとおもいます。

ドキプリ #29 人間になりたい 感想

妖精たちが、わりとカンタンに人間になれたのには驚いた。
変身に必要なのは変身ベルトとかそういうモノではなくて、そう、「思いのチカラ」です。
もう、なんでもかんでも「思いのチカラ」だけで解決なんです、ハイ。

でも、まあ、シャルルの人間態が可愛かったので、やぼなツッコミはやめといてやるよ。
今回は、良いシャルルのメイン回でした、ということで。

妖精が人間になると、空を飛べなくなったり、通信できなくなったりと妖精の能力が制限されるという。
そうですね、いいとこどりは許されません、なにごとも。
得るものあれば失うものあり、ということで。
それでも妖精を捨てて人間になったことを後悔しないシャルルさんなのでした。
・・・
ええ、もちろん、いつでも妖精態にもどれますけどね。
なので臨機応変に妖精態と人間態をつかいわければいいわけですよ、ダビィさんのように。
だから、あのたのまれた書類を運ぶには、まず妖精態になって空を飛んでって、到着した後に人間態に変身すればよかったわけですよシャルルさん。
―――ツッコミは、やめましょう。

しっかし、なんだね。
バレーボールの試合で、相手チームの娘さんが、正々堂々戦って勝たなきゃ意味がない、と心の中で言ってたのが印象的でした。
大貝第一中学はズルしてますから。バレーボール部員でもないマナさんが悪びれず助っととして試合に出ますから。

まあ、いろいろあったんですけど。
人間に変身して失敗もあったけど。
それでも結果オーライですから。
シャルルはマナさんのために頑張り、マナさんもそんなシャルルの気持ちを受け取り、相互に信頼を深めたところでメデタシめでたし。
いよいよ次回からは「最後の試練」へと突入ですね。ホント、伏線もなんもなく、いつも唐突なんだから亜久里ちゃんは。

こんかいは、お子様方に、夏休みなんだからお手伝いしましょう、っていうメッセージだったのかも。
ふだんは口ばっかたっしゃで遊んでばっかのお子様たちもめんどくさがらず多少の失敗は恐れずお手伝い頑張りましょう、そうすれば母親だって多少のヘマには目をつぶってくれてほめてくれるんじゃないの、みたいな。
ようわからんが。

ドキプリ #28 夏祭り 感想

のんきな夏祭り回とみせかけて、じつはキュアエースのパワーアップ回でした。季節ネタはやらないのがドキドキプリキュアのポリシーだと小耳にはさんでいたので、あからさまに射的やら金魚すくいやらの夏祭り回やってて少し驚きましたが、まあスマイルプリキュアのときの夏祭り回よりははるかに良い内容だったので、許す。これだから米村脚本は油断できない。

友達つくると気持ちが弱くなるというかプリキュア業がおろそかになりそう、だから友達つくらない、みたいな、そんなチョット冷めた亜久里ちゃんだったのですが今回、亜久里ちゃんはクラスメイトのエルちゃんからおもいがけず彼女のけなげな思いを聞かされてしまい、心が動かされ、心に愛が満たされ、心を開くようになった。いままでさんざん偉そうに、愛が大事、愛が大事と利いた風な口をきいていたキュアエースだったのに、こと自分自身のこととなるとキュアエースこと円亜久里はごくごく身近な自分への小さくても優しい愛に気づかなかった気づけなかった気づいてあげられなかったというのだ。そんな自身のふがいなさを反省し、すこし成長できた亜久里ちゃんがいい感じでした。もちろん相田さんたちのお膳立てがあったわけですが、それもふくめてキュアエースは周囲の人たちの愛を受け取ったのでしょうね。

神社の、ひとめにつかないところで、エルちゃんと亜久里ちゃんがふたりきりで会話する場面がすごくよかった。亜久里ちゃんがキュアエースの秘密をうちあけてエルちゃんと共有するのではなくて、あくまでプリキュアの秘密は守ろうとするのだけれど、それはエルちゃんを信用していないのではなくて、むしろエルちゃんに余計な情報をあたえてしまって危険にまきこむのをさけたかったという亜久里ちゃんの優しさなのかと。とにかく亜久里ちゃんはエルちゃんに、秘密は打ち明けられないけど私を信じてくれと。それに対してエルちゃんは、亜久里ちゃんは信じるにたる人物だからと、亜久里ちゃんを信じると言ってくれた。それならばと、亜久里ちゃんはエルちゃんに目をつぶって待っててくれとお願いする。エルちゃんは素直に亜久里ちゃんのお願いを受けとめる。エルちゃんは亜久里ちゃんが裏切ったりしないで、かならず帰ってくると信じていて。亜久里ちゃんはそんなエルちゃんのために、かならず帰ってくる、かならず帰ってきたいと願いつつ戦地におもむくのでした。なんか、ここのあたりの両者の信頼関係がすごく良かったな。

戦いが終わり、エルちゃんのもとに戻ってきた亜久里ちゃん。エルちゃんは、ただ目をつぶって待っていただけではなく、亜久里ちゃんの無事を祈っていたようで、亜久里ちゃんの無事を確認すると涙を浮かべながら亜久里ちゃんに寄り添うのでした。亜久里ちゃんはエルちゃんの肩に手を添え、エルちゃんの気持ちに応えた。そのとき亜久里ちゃんは、胸がキュンキュンする、と。それはきっと、エルちゃんを守りたいという他者愛と、無事に帰ってきてエルちゃんを安心させたいエルちゃんの安堵した顔を見たいという自己愛と、その両方が満たされたせいだとおもう。

夏祭りをしめくくる夜空の花火が、エルちゃんと亜久里ちゃんの絆を祝福してくれているようで、心地良い余韻をあたえてくれていました。最後、つないだ手をギュッとにぎりしめる描写からも、それは伝わってきました。

ドキプリ #27 ズバッと参上、ズバッと5分で解決! 感想

キュアエースこと円亜久里は、こちらの世界で生まれたプリキュアだそうです。
これって生まれついてのプリキュアってことなのかな?
相田さんたちみたいに途中からプリキュアになったというわけではなくて。
だとすると円亜久里はプリキュアのさだめにしたがって生まれたという特殊な人間ということになりそうですが。
よくわかりませんでした。
なにか本当に大事なことは隠してるような感じもするんだがな、円亜久里さん。

そして、かつてジコチューと戦ったと言ってたけど。
それって、こちらの世界にもすでにジコチューの魔の手がのびていたってことなのか。
だとしたら、みんな知ってないとオカシクナイ?
だって、いまは四葉財閥がクシャポイしてくれてるから、ジコチューとプリキュアの秘密は守れてるわけで。
以前は、そうではなかったはず。
それなのに、みんな知らないのはヘンだな〜と。
あっ、そうか、アムネジア・エフェクト…

キュアエースは、いちどジコチューに負けたとも言っていた。
だとしたら、なんで、こちらの世界は無事だったんだろうか。
おそらく他の世界で苦戦してる地域があったので、そっちに加勢しにいって、とりあえずこちらの世界は後回しに、って、そんな感じだったのかな?

キュアエースの話から察するに、アイちゃんって、赤ん坊なのではなくて、あの姿で完成体みたいだな。
アイちゃんは卵の中にいるか、そうでないかの、そのどちらかなんだ。
それにしても、卵から出てくるとか、アイちゃん、やっぱ恐竜くさいネ。

ところで、ロイヤルクリスタルってのは、もともと亜久里のモノだったんかいな。
だって、そうじゃないとキュアエースに変身できませんもんね。
そうなると、トランプ王国にあったという話と矛盾しないか。
このへんも疑問だ。

「思いのチカラ」。
ああ、これは、わかる。
ブレイブだよ、ブレイブ。
「思いのチカラ」をブレイブインするから大人の姿に変身できる、と。
つまりはそういうことらしい(ぇ

ああ、あと、5分たって変身が解けたら、もういちど変身しなおせばいいんじゃね、みたいな意見をどこかで見たのですが。
これは、そう、アイちゃんは獣電池みたいなモノですから。
キュアエースの変身がとけた=アイちゃんのスピリッツが全て消費された。
ですから。
まずは、アイちゃんのスピリッツを獣電しないといけませんから。
アイちゃんの熱いスピリッツがフル獣電されない限り、円亜久里はキュアエースには変身できませんから。
ああ、予備のアイちゃんがあればな〜と。

たぶん、こちらの世界はプリキュアさんたちのチカラで守られそうですね。
ほかの世界は滅ぼされても、こちらの世界だけは守られる。
なぜそうなるのか。そのちがいはなにか?
ほかの世界にはなくて、こちらの世界にはあるもの。
それは。
ブレイブだわ

ドキプリ #26 風をいたみ 岩うつ波の 感想

六花さんマジ天使。思春期の少女らしく、じぶん自身とまじめにむきあう姿に好感がもてました。

医者になるという夢。ものごころついたころから、あたりまえのように将来は医者になるとかんがえていて、それがあたりまえで、疑問にすらおもわなかった。でも、いざ、なぜ医者なのかと問われると返答に困ってしまう六花さんでした。

母が医者でカッコよくて、だから自分もあこがれて母親のような医者になりたいと願っただけなのかもと六花さんは自己分析する。そして、医者って、あこがれだけでつとまるものなのだろうかと、六花さんはばくぜんとした不安、おそらく自分自身の不誠実さになやんだのではないか。

使命感かな、医者に必要な資質は。はたから見ると、ときに自分を犠牲にして、家族を犠牲にする。じっさい六花さんは母親が医者という仕事のせいで家族団らんが犠牲になってるのを知っている。こんかいだって、そう。おそらく急患かなにかだったのでしょう。母は帰ってこない。ひとりで晩ごはん。それでも六花さんは、いつものこととわりきっている。さみしいと思う気持ち。それでも誰かのためにという気持ち。ゆれうごく正直なおもい。

かつて幸福の王子にでてくるツバメになりたいと告白した六花さん。これはとおもう人物(相田マナさん)のためならもうボロボロになってでもそのひとと運命をともにしたいとすら考えていた六花さん。だれかにあこがれてそのひとにつくすという他者への愛、そして、そんなケナゲな自分の姿に酔う自己愛、それらが今までの立花さんだったけど。こんかい、自分はどんな自分でいたら自分で自分を愛せるんだろうという自己愛と、ケガや病気で苦しんでる人なら敵であろうと関係なくだれでも助けたい愛したいという他者への愛へと、六花さんの自己愛と他者愛は変化したようだ。

だれかのために、は立派だけど。それでもまず自分が主人公でなければ、心が、ゆらいでしまうし、くだけてしまうこともある。六花さんはそこに気づいて、そこを見つめて出した答えが、自分を信じて後悔しない、だったのかなと。じぶんのことより「あなたが無事なら、それでいい」という他者への愛。かといってそれは自己犠牲の表現ではなくて真心からの言葉。自分が良いと思ったら、その感情を常識的な損得勘定やら善悪やら敵味方といったフィルターをとおさず、いちずに行動したい。つきあげてくる正義感や愛といったもの、それだけをたよりにして。そして、それによってどんな結末が待っていようとも、後悔だけはしたくないからと。そんな自分を支持したい、そんな自己愛が、自分を信じるおもいが、六花さんの強さになったのかと。

得だとおもってしたことがじつは損だったり、その逆もある。けっきょく世の中なにが正解でなにが不正解だかわからないものなんだ。ならば何を根拠に行動すべきかというと、おそらく、それは信念だろう。自分が正しいと信じたことをする、たとえそれで良い結果をもたらさなかったとしても、自分でいいとおもって行動した結果ならあまり後悔はしないだろう。

こんかいの六花さん、あのままイーラを放置していても、あるいはブスリととどめをさしていても、よかったのかもしれない。でもそうはしなかった。そうはできなかった。それが今後のどういう展開へとむすびつくのかはわからないけど。とにかくイーラを介抱することで六花さん、いろいろ得るものがあったようだし。イーラのほうにも変化があったようで。それぞれが自分でもわからなかった知らなかった自分に出会えたような感覚で、なんか心地よかったです。

ドキプリ #25 ひとのつくりしもの 感想

四つ葉印の人工コミューン。四葉財閥の極秘プロジェクトとして研究されていたらしい。おそらく軍需産業への参入をもくろんでいるのであろう四葉財閥。その試作品はすでに完成していて、実用レベルの性能は有していたが、いまだ最終テストが終了していないというか、実戦での使用に堪えうるのかいなかの結論には至ってなかったという。

しかし今回、はからずも、人工コミューンの実戦試験がとりおこなわれた。人工コミューンの利点および欠点があますところなく、四葉財閥によって町中に設置されている防犯カメラだか監視カメラだかのネットワークで記録された。

四つ葉印の人工コミューン。それを使えば、だれでもプリキュアになれるという。しかもキュアラビーズがないのに変身できるという、あからさまにパチモン。なので、とうていオリジナルの性能には遠く及ばないであろうことは容易に想像できる。それはコピー商品の宿命ではあるのだけれども、だれでも変身できるという機能はオリジナルとの性能差という欠点を補って余りあるだけの利点がある。それは、オリジナルのプリキュアはだれでもなれるというわけではなく適格者である必要があり、しかもオリジナルの変身アイテムには数に限りがあるからだ。どんなにオリジナルがすぐれていようとも、その数が限定されているようでは効果的な実戦配備には不向きであろうから。

オリジナルとの性能差には目をつぶるとしても、人工コミューンには致命的な欠点があることが今回しめされた。それは最大の利点であった使用者を選ばないという点。つまり人工コミューンは諸刃の剣であり、安易にコピープリキュアをつくれる反面、味方兵士の反乱や、戦場で敵に鹵獲された場合には始末が悪い。じっさい今回は、敵であるマーモに、ぐうぜんとはいえ奪われてしまい、悪用されてしまった。

オリジナルであればコミューンそのものが使用者の資質を判断して、この人は変身させてもいい人、この人はダメな人、といったあんばいにコミューンの起動に制限がかかる。オリジナルのコミューンには意志があり、じっさいオリジナルのコミューンはトランプ王国の妖精が変身したものであることをふまえると、オリジナルのコミューンがだれもかれもをプリキュアの変身へとみちびかないのは当然といえる。ひるがえって人工コミューンは純粋な機械であって、そこに使用者の善悪を判断する機能はもちあわせていない。あくまで人工コミューンを使う人の善意にゆだねられてしまっているのが現実で、そこが人工コミューンの最大の欠点。

さいきんの傾向としては、ロボとかメカにはその使用者の資質を判断する機能が付いているような気もするのだが。それはそのロボやらメカが悪用されないための装置というか仕組みが備わっているということなのかと。そのかわりそのロボやメカに認められた人ならば、その人の経験や操縦技術の巧拙にかかわらず、ロボやメカのほうで自動的にうまいぐあいに操縦を支援してくれるという安心親切設計になってるようだ。

けっきょく今の時代は、操縦者の技術や経験といったものはあまり重要ではなくて、それはロボやメカのほうでやってくれて。操縦者に必要な資質や能力とは、そのロボやメカを信頼し正しく使おうとする心構えのほうなのだろう。操縦者の精神面の充実こそがそのロボやメカをパワーアップさせる源となる。プリキュアにおいてはそれが愛の力であり。キョウリュウジャーではブレイブなのです。愛の力が高まれば当然プリキュアの力が高まりパワーアップするという仕組み。逆に精神的に弱くなったり、迷いがしょうじたりするとシンクロ率が低下してプリキュアのパワーが落ちます。精神崩壊してしまうと変身が維持できなくなり、さいあく変身が解けてしまうことも。

白兵戦支援特殊兵装として開発がすすんでいた人工コミューンなのですが、今回の結果が今後の開発になんらかの影響をあたえるのは必至でしょう。なんといいますか兵器が高性能化すればするほどそれを扱う兵士の倫理観が問われていくような気もした今回。人工コミューンの試作品は破壊されてしまいましたが、おそらく設計図などは残っているはずなので再製造および量産化には問題はないのでしょう。しかし四葉財閥が人工コミューンの技術を商用化していくべきなのかには疑問が残りました。
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