またしてもヒメルダのメイン回でして。
これは女児様たちがヒメルダに感情移入して楽しんでもらうためでしょうか。
そして保護者様であるお母様方には、めぐみとリボンに感情移入してもらおうと。
そんなかんじかな。

今回は、ヒメルダが娘で、めぐみとリボンがその母親で、っていう構図だったようです。
つまり、娘さんが思いつきでお母さんのためになにかしてあげたいなと行動するも、それを見ていたお母さんがよけいな心配をして横から口を出したり手を出したりするものだから、娘さんは不機嫌になってしまった、みたいな、そんなかんじのお話。

まあ、お母さんに悪意はないのだろうけれども、どうなんでしょう。
あぶなっかしい娘に対してついつい容喙したくなるというのも理解できなくもない。
でも、娘にしてみれば、自分ひとりでがんばろうとしてるところにチャチャをいれられて、おもしろくないことこのうえないわけで。
そうだね、ここはひとつ、ケガをしない程度に失敗してもいいから、娘さんの気のすむようにやらせてあげて、お母さんとしてはさりげなく生温かい目で見守ってあげるというのがイチバンなんでしょうけど。
なかなか、どうして。自分の子どものこととなると、むずかしいのでしょうかね。

今回、めぐみとヒメルダは、ケンカというほど深刻でもなかったけれど。
たがいの気持ちのすれちがいみたいなことを経験したあと、ほんとの気持ちをぶつけあえて、もっともっと仲良くなれたというのは素敵ですね。
プリンセスはラブリーに「いつも守ってもらってばかり…」と、ひけめを感じていた。
それにたいしてラブリーは「プリンセスがいるから私は戦えるんだよ。」と、「強くなれるんだよ。」とも。
するとプリンセスは「わたしもラブリーといると自分が強くなってる気がする。」と。
これはそう、プリンセスを娘さんの名前に、ラブリーをお母さんに、それぞれおきかえてみると、つまりはそういうことです。

けっきょく、「プリンセスとラブリー」、「娘と母親」、おたがいが協力すれば、より良い方向へと進んでいける、みたいな、そんな結論だったんでしょうか。
相乗効果。友情も、愛情も、一方通行ではないのでしょう。
母親が娘を育てるのは当たり前ですが、母親もまた娘に日々の生活の中で自然と教えられて成長していく、そんなかんじでしょうかね。

こんかいヒメルダは自分ひとりの力でケーキを作って、めぐみを驚かせて喜ばせたいと考えていたのだろうけれども、ほんとうはそれが難しいことも分かっていたかんじもする。
だから、最後、めぐみとリボンに焼いてもらったケーキのスポンジにヒメルダがデコレーションして完成というのが良かった。

ヒメルダは自分がめぐみのやくにたつとこを見せたかった、そしてヒメルダ自身の自尊心をも満足させたかったんだ。
そんな感じに、世のお母さん方も、ときには娘さんの気持ちをくんであげて、子供あつかいしないで、ひとりの人間として対等に見つめてあげることも大切なんでしょう。そうすれば娘さんとの信頼関係も増すような気がします。