幸福な王子のツバメを自称してはばからない六花さん。こんかいもマナのためだからとスピーチコンテストへの出場をすすめる。ほんとうは生徒会でもクリスマスでも、いつでもどこでもマナといっしょがいいけれど。でもそれは自分の欲望であって、ほんとうにマナのことをおもっているのであれば我慢しなければと。六花さんは自分のことよりも、マナにはぜひともスピーチコンテストに出場してもらって、 ねがわくば優勝してもらいたいなと。

とはいえ、マナがいないと勝手が違い、戸惑ってしまうことばかりの六花さん。ことあるごとにマナのことを思い出しては自分を勇気づける。六花さんは、 自分がマナを支えているとばかりおもっていたのに、じつは自分もマナに支えてもらっていたということに、あらためて気がつく。おたがい精神的に支えて支えられている。六花さんはそれこそが愛であると感じるのでした。六花さんがマナを愛してるというのはそういう意味でしょう。

精神世界の中心にはマナがいて、精神世界はマナを中心にまわっていると確信した六花さん。いや、六花さんだけではなくてプリキュアのみんながそうで。かりにマナが死んでも、みんなの心の中心にはマナがいるから大丈夫なんだとすら思っているのでしょう。もう教祖様です、マナさん、マナ教の。

扇の要であるマナがいなくてもプリキュアたちが負けないのは、マナが物理的なカナメである以上に精神的なカナメであるからだと、六花さんがジコチューたちを諭す。そして六花さんはレジーナに、あなたも同じ、マナと愛をつむいできたのだから、あなたもマナ教の信者なのよ、だからマナをつうじて私たちとつながっているはず、だからあなたと私たちは敵どうしではない、と。そして、マナはいつもレジーナのことをおもっていたと六花さんは話を続ける。それから、あなたも同じようにマナをおもっているはず、愛しているはず、あなたもマナが好きなんでしょ、とレジーナをただす。虚を突かれて、しかもそれが図星だったから、レジーナは、ひるんだ。そのとき六花さんは容赦なくレジーナを詰問する。すると、とうとう白状してしまうレジーナであった。

こんかい、六花さんの迫力というか勢いに負けて、ついマナへの愛情を口にしてしまったレジーナではあったが。その気持ちにウソいつわりはないにせよ、それでも父親であるキングジコチューの心中をおもんばからずにはいられないのであった。レジーナは自身がマナへのおもいいれを強くすることでキングジコチューへの気持ちが薄まってしまい、それでキングジコチューが悲しむのを恐れていた。それは正直な気持ちなのだろう。

キングジコチューにも、マナにも応えたい。どっちも好きだからこそ、どうしていいのかわからないという。レジーナが今後どうやって自身の気持ちに折り合いをつけていくのかが焦点でしょう。だがしかし、次回の予告を見るにつけ、なんか急展開な感じがしていて、もしかすると次回レジーナ退場なんてことも、あるのかもしれない。

どうなっちゃうんでしょうか。