お話が急速に観念的になってきましたね。そして地球が絶望の闇に染まってしまっただけでなく、いつのまにやら地球が絶望という名のブラックホールに飲み込まれてしまいそうになって、ああ大変だあ、みたいな展開にまで話が大きくなってしまいました。おもえば12月までは、留学するとかしないとか、漫画を描くのをやめるの続けるのとか、そんなレベルの日常回をひたすらやっていたというのに。1月になってから突如として地球的規模の危機がやってくるという。突然スケールがバカでかくなってしまった感覚です。どうしてこういう展開になったのか。おそらく、そう、絶望というモノをとてつもなく大きな存在として描きたかったからでしょうよ。それに、いままでの日常回の延長でピヱーロ様が登場して、わりとあっけなく倒されてしまったらイマイチ盛り上がりに欠けるじゃないですか。たぶんそんな理由なのかなと。絶望とは地球をも滅ぼすモノなんだよと子供たちに伝えて危機感をもってほしかったのでしょう。

負の感情が集積すると絶望が生まれて、それが最終的にピヱーロ様という形態に。ピヱーロ様が絶望の象徴ということだそうです。それに対してプリキュアたちとロイヤルキャンディが希望の象徴という。最終決戦では絶望と希望の対立を描きたいようです。だれの心の中にも存在する負の感情。世の中はいつも自分の思い通りにいくとは限りません。というか自分の思い通りにいかないほうが多いから、人々が基本的にネガティブなのは当然のことなのでしょう。ピヱーロ様が主張するのは、絶望の物語など消えてなくなってしまえばいい、ということらしい。生きているからこそ絶望が生まれる、ならばみんな死んでしまえばいいとすら。だからこそピヱーロ様は生命の生活の基盤となる地球をも絶望で飲み込んでしまおうとするのだ。なにもない世界は、希望もないけど、絶望がないので平和で幸福だということなのだろうか。なんかこのへんが成田先生のバッドエンド的な世界観なような気もするンですがね。

まあ、最終的なオチは次回で、ということなのでしょうから。ここであまりとやかく論じてもしかたがありません。というわけで、そろそろ今回の感想を書こうとかとおもいます。

キャンディがハッピーの手をつかむ場面がプリキュアっぽくてよかった。なにかこう、プリキュアには手をつないで、ひとりじゃないを感じながら、みんなで困難を乗り越えていくようなイメージがある。手をつなぐと気持ちもつながる、みたいな感覚がある。つかんだ手のぬくもり、にぎる力の強さ、そういったものからも相手の気持ちがじかに伝わってくる。ハッピーが希望とは友達のことだと断言できたのも、手をとってもらった者にしか分からないなにかがあって、ハッピーだけが感じられたキャンディの思いや願いがあったからじゃないのかなと。