もしかすると皇帝ピエーロはメルヘンランド女王の負の感情が具現化した存在なのかなと。

きっとメルヘンランド女王にもバッドエンドな思惟があったのだよ。それなのに、よもやメルヘンランド女王に悪しき心があろうとは、だれも思わなかったという。でも、よく考えてみてください。だれもキレイゴトだけでは生きていかれないのですよ。悲しいかな世の中ってモンは汚れている。女王様とて例外ではない。清濁あわせ飲んでこその世の中ですからね。だいたいキレイゴトばかりを吹聴している人って、ウソくさいですよ。それなのに世間はメルヘンランド女王にだけは絶対的な清潔感やら幸福感やらを求めてしまい。いや、でも、これはしかたのないことなのです。そうです、世間の連中は世間が薄汚れていることを認識している、だからこそどこかに絶対的なキレイを求めたくもなるのです。現実逃避ですね。メルヘンランド女王もメルヘンランド女王で世間の自身に対する期待をじゅうぶん承知していたから、世間様の幻想にこたえようこたえようとやっきになって、とにかくキレイゴトをと、ホントの自分の気持ちを殺して、ウソをウソでかためるみたいなかんじにね。とにかくハッピー、ハッピー、ハッピーエンド。なんでもかんでも物語はすべてハッピーエンドにするのじゃぁ〜、うぉぉぉ〜、とな。ええ、もう、こういう状態になると、当然そこには無理が生じてしまいますよね。無理が生じると病気になるのは必定。心の病。精神の崩壊。哀れメルヘンランド女王は、たてまえの自分と本音の自分とに分離してしまったのだよ。おー、怖い。

えっと、よくおぼえてないンだけど、たしかメルヘンランド女王は皇帝ピエーロを封印すると同時にチカラつきたンでしたよね?うむ、まあ、微妙に違う気もしないではないのだが、それを検証するのもメンドクサイので、とりあえず、そういう設定にしておこうや。でね、なんで相討ちになったのかといいますと、頭の回転の速い方はもうおわかりですね、皇帝ピエーロはメルヘンランド女王にとってはもうひとりの自分ですからね、自分ともうひとりの自分、正と負は二極一対ですから負を消し去れば正も消滅してしまうという、これもまた必定。つまりは、負の感情を殺してしまえば、もう問題は解決、よかったヨカッタ、というわけにはいかないのです。悪いとおもわれるモノを排除さえすれば、なにごともウマクいくはずだなんて思考は、浅はかなのですよ。心の問題とは、人間の感情とは、そんなに単純で簡単なモノではないのですよ。

では、どうしたらよいのか?ハイ、頭の回転が良い方はもうおわかりだとはおもいますが、そうです、受け入れるのです、皇帝ピエーロを、倒すのではなくて。バッドエンドを忌み嫌って排除するのではなくて、バッドエンドもまた物語の終焉のカタチのひとつなのだと。それもまた人生なのだと。受容する。だいたいハッピーもバッドも主観的な要素が多いじゃないですか。絶対的なハッピーも絶対的なバッドも、この世には存在しない。ハッピーもバッドも気のもちようひとつで、どうにでもなるンだ、と。そう達観できるようになれるかが問われている、メルヘンランド女王。

そうはいっても、やはりこれはどうみてもバッドエンドじゃねーか、というのも、あるにはあるとはおもいます。しかし、それでもバッドエンドを否定してはいけないのだとおもいます。だって「本当の幸せ」とは、人生や社会の痛みや悲しみや苦しみを知っている人だけが感じ取れるのだと、そう思うからです。