ノイズ様のメイン回でした。

なんかね、ノイズ様のセリフが、いちいちオモシロくてさ。
1.ファルセットを取り込んだ理由、「あいつは、うるさかった(ボソリ」。
2.プリキュアたちの非難に対しても、「仲間などいらぬ、うるさいだけだ(ヘヘーンダ」。
3.アフロディテ様たちの演奏をまえにして、「うるさい、うるさい、うるさーい(釘宮理恵っぽく」。
とにかくノイズ様は、うるさいのが、お嫌い。

ノイズ様は、幸福のメロディはもちろん、不幸のメロディすらも否定しているんだな。音符をならべかえれば、楽譜は幸福のメロディにも不幸のメロディにもなるから、ってことで。まあ、音楽をたとえにしての説明にはちょっと無理があるような気もするのですが。ようするにノイズ様が伝えたかったのは、物事には表と裏(負の側面)とがある、ということなのでしょうよ。たとえば、包丁は、料理するには便利な道具だけれども、人を刺すことにも使えてしまうように。それと同じように、音楽も、使い方によっては、有益だったり有害だったりするのだと…ちょっと無理があるような気もするんだがな。

まあ、とにかく、そんな善と悪とを兼ね備えた音楽ならば、ないほうがいいじゃないか、というのがノイズ様の理屈でして。すべての音を消し去れば、音に関するトラブルもなくなるからいいんじゃないのかなー、という、なんとも虚無主義者的なノイズ様。もうこうなると、すべてを否定したくなります。自動車は物や人を運べて便利だが、交通事故の原因になるから、ないほうがいい、とか。原発は、二酸化炭素を排出しないで発電できるのはメリットだけど、放射能漏れ事故が怖いから、やっぱりないほうがいい、とか。そんな感覚なのでしょうね、ニヒルなノイズ様は。でも、まあ、ノイズ様にも一理あるので、ちょっとノイズ様が正義でプリキュアたちが悪者のようにも思えてきちゃったよ。

ひるがえってプリキュア側の理屈は、なにもない状態とはマイナスもないかわりにプラスもないということで、それって悲しいよ、みたいな、たぶんそんな感覚で。そう、なにもしなければ絶対に失敗しないけれど、その代わりに何も得られない。それって、さみしすぎるじゃないか、と。だから失敗を恐れずにチャレンジしたいんだ、みたいな。ときには幸福のメロディが不幸のメロディになってしまうこともあるだろうけれど、それでオシマイなわけではないのだから。そうです、気持ちさえあれば何度でも、いくらでも音楽は生み出せる。そうやってプリキュアは復活してきたわけで。あらたな楽譜に、あらたなト音記号、そこから新たな音符をつむいでいけば、また新たな音楽がつらなっていきます。

けっきょくノイズ様の思考というのは進歩を否定しているわけです。一方でプリキュアたちは、なにか困難があっても、それを乗り越えていこうとする気構えです。われわれ人類は、長い歴史で、これまでそうした気構えで今日まできたわけですし、きっとこれからもそうしていくのでしょうよ。自動車の例でいえば、たしかに自動車は交通事故の原因にもなりますが、事故を起こさないように自動車や道路の物理的安全性向上やら法律やらを改善したり、ドライバーの意識向上にもつとめているわけです。それにしても本当に、今現在の人類の生活においては、たくさんの社会問題が生じています。だからといって、それらを全部あきらめて、人類がほろんでしまえばいい、と考えるのはノイズ様と同根の思考だとおもいます。戦争や飢餓、環境問題、ほかにもたくさんありますが、それらにどう対処していき、乗り越えて、人類を進歩させていくか。人類の英知にはまだまだ可能性があるとおもいます、まだまだ新しい音楽に可能性があるように。

生きている限り絶対に音楽はなくならない、といっていた。音楽とは希望のことなのでしょうね。